第34話 なんだ?やんのか?

 次の日。朝早く全員が起きていたが、皆眠たそうな疲れた顔をしている。初めての夜の警戒で削られた精神力と睡眠時間。オオカミに襲われたことで、ここが安全な寝床ではないということに気付かされた恐怖で、ろくに眠れなかったようだ。


「皆さん起きてるようですけど…疲れが見えますわね」


「あまり眠れなくて…」


「眠るのが怖いなんて初めて…」


「今日も歩き通しですけど…皆さん、歩くことはできて?」


 誰も何も答えない。歩く自信がないのか、返事をする元気もないのか。ルサルカなんかは話を聞いているのか、いないのか、虚空を眠そうな目で見つめている。


「こんなことではいけませんわね…。そうですね、お昼までもう一度寝ましょう」


 反対意見は出なかった。皆疲れているようだ。睡眠を必要としている。


「あの、それなんだけど。皆でクロの影の中に入って寝たらどうかな?」


「影の中に?わたくし達まで入ることができるんですか?」


「試したことないから分からないけど…入ることができたら安心して眠れるわ」


「安心して…それは試す価値がありそうですわね」


 皆の視線が我に集まる。試すのはいいが。


「その前に我は飯が食べたいぞ」


「はぁ…。ご飯が先だって言ってます」


「そうですね。先にご飯を頂いてしまいましょう。眠気と疲れであまり空腹は感じませんが…使い魔達にご飯をあげる必要もあります」


 まずは食事となった。我の朝食は干からびた魚だった。いつかの乾物屋で見かけたヤツだ。アリア達は鍋にパンを切って入れ、煮ている。パン粥にするつもりのようだ。


 我は早々に食事を終え、顔を洗い、イノリスにもたれかかりのんびりと過ごした。アリア達の食事は思ったより時間がかかりそうだ。いつものようにおしゃべりに夢中で食事が疎かになってるわけではない。むしろ黙りこくって黙々と食べている。だがそのスピードがのそのそと緩慢だ。常の倍は時間がかかってるかもしれない。


「ご馳走様」


 やっとアリア達の食事が終わったようだ。我なんて一眠りしてしまったぞ。


「では早速試してみましょう」


 食事の後、すぐに試すことになった。結果、全員を影の中に入れることができた。今は皆、影の中で睡眠中だ。人間四人いないだけで随分と静かになった。今は使い魔四匹で寄り集まって寝ている。使い魔も夜の警戒に駆りだされたのでちょっと寝不足なのだ。しばし、静かな時が流れた。




 もうすぐ太陽が真上に来る。飯の時間だ。アリア達を起こそうか悩んでいると、アリアが目を覚ました。


「んあ~。あ、ふぅ」


「起きたかアリア」


「あ、クロ。今何時?」


「もうすぐ昼だ。我は腹が減ったぞ」


「もうお昼かー…。はぁ。クロ、皆を出して。起こさないと」


 我はアリア達を影から出す。使い魔達は漸く戻った己の主に駆け寄ると、舐めたり身体を擦り付けたりしている。


「皆さーん、起きてくださーい。もうお昼ですよー」


 アリアがルサルカの身体を揺すりながら皆に声をかけている。


「んー、もう朝ー?」


 ルサルカを初め、レイラとヒルダも目を覚ました。


「もうお昼ですね」


「すっかり寝てしまいました。それにしても、便利な魔法ですわね」


 ヒルダと目が合う。ヒルダの目が獲物を見つけた猫のような目をしている。なんか怖いな。なんだ?やんのか?


「さぁ、急いで昼食を取って、午前中の遅れを取り戻しましょう」


 それから昼飯だ。皆寝て疲れがとれたのか、表情が明るい。動きも機敏だ。すぐに昼食の用意は整った。我のメニューは今朝と同じ干からびた魚だ。口の中がパサつくがうまい。水を飲みながら魚を食べていく。干からびた魚は、水分が無いせいか、魚の旨味がギュッと凝縮されている気がする。頭を食べた時に走る苦みも味のアクセントだ。味に変化が出て美味しい。だが今の我は魚だけでは満足できない体になってしまったのだ。チーズが、チーズが欲しい。


「アリア、チーズは無いのか?」


「チーズ?今から温める所よ。また食べたいの?」


「あぁ。チーズが欲しい。チーズに恋してると言っても過言ではない」


「過言よ」


 我の真摯な言葉を笑いながら、アリアがチーズを棒に刺して火にあぶり始める。チーズは徐々に形が崩れ、今にも溶け落ちてしまいそうだ。アリアは器用に棒を回してチーズを巻き取ると、己のパンの上に塗り付けた。もういいだろうか?


「アリア、早く寄越せ」


「はいはい。ちょっと待ちなさい。はい、チーズ」


 アリアがパンの端を千切るとチーズを塗りたくり我に寄越した。早速齧りつく。


「熱っ!?」


 熱い。熱いというより痛い。これはすぐに食べれないな…。


「熱いから気を付けなさい」


「言うのが遅いわっ!」


 我が怒っているのに、アリアは笑うばかりだ。


「ちょっと待ってなさい」


 そう言うとアリアは我にくれたパンの端を口の方へと持っていく。あぁ、我のチーズ。

 アリアがフーフーとチーズに息をかけ始めた。何をしているのだろう?


「はい。冷めたはずよ」


 そう言ってアリアがチーズを我に差し出す。本当だろうか?我は恐る恐るチーズを舐めてみる。まだ熱い。が、食べられない程ではない。そのままハフハフ言いながらチーズを食べる。やはりチーズは美味い。このなんとも言えない甘みが我の心を掴んで離さない。微かに感じる塩味も良い。塩味が甘みをより確かなものとして我に感じさせてくれる。チーズとはなんと完成された食料だろうか。


「おかわりだ!」


「あなた、パンもあげたんだから、パンも食べなさいよ」


「嫌だ!」


「まったくもう」


 アリアは呆れながらも、パンからチーズを掬い取り、こちらに差し出してくれる。むしゃぶりつく。あぁ美味だ。




 物事には終わりがある。どんなに名残惜しんでも、終わりとはやって来るものだ。チーズにも終わりがあった。


「なに!?チーズがもう無い!?」


「そうよ。今朝食べたでしょ?あれで最後よ」


 朝食も終わり、これから出発という所で、アリアから衝撃の事実を聞かされた。なんてこった…。身体の力が抜け、思わず倒れこんでしまう。


「クロちゃん、どうかしたんですか?」


「チーズがないのがショックみたい」


「まぁ、よっぽど気に入ったんですね」


 レイラが笑っている。笑い事ではないぞ!我にとっては死活問題だ。今から何を希望に生きればいいのだろう…。

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