かませ犬な第一王子に転生したので、ゲーム知識で無双する
しんこせい
プロローグ
『アウグストゥス ~至尊の玉座~』というゲームがある。
中世ファンタジー風の異世界を舞台にしたいわゆるシミュレーションゲームであり、一部の熱狂的なファンを獲得した迷作として有名な作品だ。
迷作というのは誤字ではない。
名作ではなく、迷作だ。
色々ととっ散らかって伏線が投げっぱなしになっていたり、基本的に鬱エンドになってしまうシナリオフラグの雑な立て方等の粗は多い。
だが一部のコアなファンからは、絶大な支持を受けている。
この作品の特徴はなんと言っても、中世ファンタジーの色味を残した古くささと、機動鎧と呼ばれる特殊な武装にある。
魔物の筋肉や金属に状態保存の魔法をかけることで生み出された、文明の発達度合よりはるかに進んでいる、どこか近未来的な鎧。
sf映画に出てくる、ゴテゴテしたパワードスーツのようなものを想像してもらえるとわかりやすいだろう。
この機動鎧に搭乗した兵士は、通常の歩兵などものともせずに進軍できるほどに強力なユニットへと変わる。
エースパイロットであるキャラが搭乗すれば、誇張無く一騎当千の活躍をすることも可能となるのだ。
未だ鉄砲は開発されておらず、機動鎧の基本的な兵装は弓と刀剣のみ。
一騎打ちで敵将を討ち取ることが最大の武勲となっており、騎士道は廃れていない。
騎士達は機動鎧に搭乗する機動士として、騎士道精神を遺憾なく発揮させ続けるのだ。
そんなどこか歪な世界で、プレイヤーは主人公であるエドワード第二王子として生きていく。
リィンスガヤ王家に次男として生を受けた彼は、隣国の兵士達や略奪を行う山の民、そして王位継承をかけて兄弟達と戦いながら、人としても王としても成長していく。
プレイヤーは様々なユニットを使い分け、ストーリーを進めていかなくてはならない。
機動士、そして機動鎧の前身となるパワードスーツを着用した強化歩兵、徐々に廃れていくことになる魔法兵などの様々な兵種を運用していくにはコツがいる。
ただ戦い続けるだけでもダメで、兵士達の指揮や忠誠度によっては反乱やクーデターも起こるために、気を抜くことはできない仕様になっていた。
戦争もただ勝つだけではダメであり、敗戦国や植民地から搾取をしすぎれば、主人公だけでは防ぐことが不可能な暗殺を仕向けられたり、親衛隊だけでは対処のできない強力な機動鎧によって殺されてしまうこともある……。
このようにいくつものことに目を向けなければいけないため、マルチタスクの能力が必要なのは言うまでもない。
更に言うとこのゲーム、ヒロインや後々の展開を左右することになる重要な登場人物達が、かなり早い段階で死ぬか闇落ちしてしまうという特大の地雷がある。
そのため何も見ずに攻略をすればほぼ間違いなくバッドエンドを迎えることとなり、自分の望むルートへと進むためには、かなり早い段階で攻略サイトのお世話になる必要があるのだ。
主人公を始めとするメインキャラ達が誰一人として不幸にならず、兄弟やヒロイン全員と共にパーティーを開いて王位継承を祝うことができるのは、最終到達地点であるグランドルートをクリアした場合のみ。
ただグランドルートが救済するのはあくまでも主要なキャラのみであり、サブキャラにまで救いの手を伸ばそうとすると更に難易度は跳ね上がる。
騎士ライエンバッハ、宮廷魔導師のソエルといった遠征・外征により死んでしまうキャラクター達を早い段階で引き入れるのは、並大抵の労力ではできないことだった。
非公式ではあるが、彼ら登場人物達全員を守り抜いてゲームをクリアすることは真グランドエンドなどと呼ばれており、このエンドを達成できたプレイヤーはほとんどいないとされている。
――これ以上のハッピーエンドはないとされている、真グランドエンド。
しかしこのルートにおいて、実は物語に深く関わる人物であり、更に言えば主人公と血縁があるにもかかわらず、救済されないキャラクターが一人だけ存在する。
そのキャラの名前は――トッド=アル=リィンスガヤ。
主人公エドワードの兄であり、本来なら父から王位を譲り受けるはずだったはずの、リィンスガヤ王家の第一王子である。
トッドはファンの間では『欠知王』というあだ名で呼ばれていた。
欠地王ジョンをもじったそのネーミングは、トッドという人間のことをよく言い表していた。
トッドは短気で、地位に飽かせて傍若無人な行動を繰り返す。
王国民以外を人として見ず、終盤に古代遺跡から掘り起こされる完全に機械化された機動鎧が出てくるまでは、機動鎧など魔物の生ゴミだなどと言い放ち、機動士達のことを軽視し続けていた。
リィンスガヤ王家の三男であるタケル=フン=リィンスガヤの母親が心労で死んだのも、親を亡くしたタケルを復讐の鬼へと変えるのもトッドだった。
父に命じられた外征ではその無能さを遺憾なく発揮し、王国親衛隊(ロイヤルナイツ)の騎士団長であるライエンバッハや、本来後方任務を行うはずの土魔導師ソエルを死なせてしまう。
彼が植え付けた異民族に対する蔑視の風潮は長女エネシアへ受け継がれ、彼女の植民地支配は苛烈になり、多くの悲劇を生み出してしまう。
その悲劇の渦中には、隣国リィンフェルトにいる作中最強格の機動士であるアナスタシアや、タケルの母の故郷であるアキツシマで、機動鎧のプロトタイプを生み出した飯島ハルト準爵もいる。
プレイヤーが意図的に物語を進めなければ、彼らを助けることは難しい。
皆を幸せにする真グランドエンドを迎えるためには、周囲へ不幸を撒き散らすトッドを排除することが必要不可欠なのである。
ネットでは『トッドがいなければ優しい世界』、『とりあえず幼少期にトッド殺してからストーリー進めるのがベネ』などと散々に言われており、プレイヤー達が彼にどれだけヘイトを抱えていたかを窺うこともできる。
つまるところ真グランドエンドとは、トッド以外の主要人物が幸せになる終わり方。
トッド以外の全員が幸せになるというハッピーエンドなのだ。
「トッドがいなければ優しい世界、ね……」
木剣を構える少年は、そう小さく呟いてから握りを確かめる。
キリッとつり上がった目、整えられた眉、流れるように肩までかかる金色の髪。
着ている服は縫製の整った上物で、肩には赤く光沢のあるマントをひらめかせている。
だが何度も地面に転がっているからか、服は泥だらけで、体の至る所には擦り傷ができていた。
強く握りしめている木剣は、今までの修練のせいかひどくボロボロだった。
すっぽ抜けないように巻かれている布は、手垢と土汚れでまっ茶色に変色してしまっている。
歯を食いしばりながら正眼の構えをとる少年の向かいでは、一回りも大きな男が構えを解いてだらりと手を下げている。
今の自分はわざわざ身構えずとも対処できるほどの実力しかない。
口に出さずともそう言われているようで、心の奥から悔しさが溢れてきた。
「殿下、どうかされましたか?」
「……いや、なんでもない。次こそ勝つ」
「あまり気負いすぎないでください。そう何度も傷だらけになられると、陛下の勘気に触れるやもしれませんので」
「父様は僕が納得させる。だから絶対に手は抜くなよ……いざ、参る!」
少年は男の方へと走り出し――カウンターをもろに食らって後ろへと吹っ飛んでいった。
地面をゴロゴロと転がった彼は、擦り傷だらけの体を強引に起こして荒い息を整える。
自分の実力不足は明らかであり……相手である王国親衛隊騎士団長――ライエンバッハとは、あまりにも実力が違いすぎた。
「ライの背中は遠いなぁ……」
「剣一本で三十年生きてきた身です。その三分の一も生きていない殿下に超されてしまっては、立つ瀬がありませんよ」
「はは……生きた年月だけなら負けてないんだけどね」
「それは……どういう意味でしょう?」
「――なんでもないよ。それじゃあ、もう一回」
「はい、何度でも」
今年で齢八歳になった少年――トッド=アル=リィンスガヤ。
彼はこの世界に生まれ落ちたその瞬間から、前世の記憶を持っていた。
『アウグストゥス ~至尊の玉座~』を愛して止まない奇特なファンの一人だった彼は、生まれ落ちた世界を知った瞬間歓喜した。
そして自分が憑依転生したのが誰であろう、トッドであることを知った瞬間に絶望した。
真グランドエンドを含め、トッドは全てのエンドにおいて最後には必ず死んでしまうキャラクターだからだ。
なぜ主人公であるエドワードではなく、『欠知王』などと揶揄されていたトッドになってしまったのか。
疑問は尽きなかったし、夜が明けるまで何度も泣き明かしたが、落胆したまま何もしなくとも、身体はすくすくと成長していった。
嘆き悲しんでいた毎日を変えたのは、あることに気付くことができたからだった。
当たり前だが、この世界におけるトッドとは自分自身。
つまりは自分が行動に注意を払っておくだけで、本来なら起こったはずのいくつもの惨劇を回避することができるのだ。
前世のゲーム知識がある自分には、大規模なイベントが起こる日時や、悲劇が発生するタイミングはおおよそわかっている。
皆を助けることが、真グランドエンドのように笑い合えるような世界を作り出すことが、自分にならできるかもしれない。
起こりうる未来を知っているというアドバンテージを活かせば、絶対に殺されてしまう自分の未来を変えることだって不可能ではないはずだ。
そう考えるようになってからは、彼は後ろ向きに考えるのをやめた。
トッドも皆と一緒に生きていくことがてきるような理想の未来。
自分なら、そこにたどり着くことができるかもしれない。
そして彼は――不退転の決意を固めた。
前世はゲームと仕事以外何もしないような、生きているのか死んでいるのかわからないような男だった。
しかし今世はそれではいけない。
能動的に動き、自己研鑽を怠らず生きていこう。
自分の持てる力と知識の全てを使って、皆を悲劇から救い出し、己の死の運命を乗り越えてみせようと。
今現在彼が、ライエンバッハに剣術指南を受けているのもそのためだ。
未だ年若い時分ではできることは少ない。
そのため来たるべき時に備え、トッドは自分の体と頭をひたすらに鍛えているのだ。
既に勉学に関しても学院程度のレベルでは飽き足らず、学者を自宅へと呼んで知恵の刃を研いでいる。
暇さえあれば自分を痛めつけ、頑丈さと我慢強さならば同じ年の誰にも負けないと自負できるほどにガッツも身につけることができた。
――しかしトッドは未だ八歳。
志はどれだけ高かろうとも、体はまだ心に追いついてはくれない。
もう何度倒されたかも覚えていないほどにやられ続けたトッドが、再度ライエンバッハに弾き飛ばされた。
勉強会で頭脳を酷使したあとに体を限界まで扱き上げるのにはさすがに無理があったのか、精魂が尽き果てかけたトッドは、意識が朦朧としはじめた。
「………ガクッ」
「で、殿下っ!? ――だ、誰かっ、今すぐスラインを呼んでこい!」
それを見たライエンバッハが、大慌てで筆頭宮廷魔導師のスラインを呼びに向かわせた。
トッドは自分も含めた皆をハッピーエンドへと導くため、歩き始めていた。
傍から見た自分の行動が、どのような評価を受けるのかなど考えもしないで……。
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