第26話 【閑話】今自分ができること
Side
「はぁ……」
それなりに時間が経っても、出来事の大きさと重さで鬱になりそう。
私は少し前に男性を犯しかけた。
それは立派な犯罪で、きっと監視カメラにも証拠は残っているはず。今もあの人に通報されたら、一発で終わる人生。
幸いなことに、あの人は世間一般的で言う男性とは程遠く、寛容……寛容……寛容? だったために許された。
「ただの変人よね、でも」
私が仕出かしたことは相当に重い罪。
でも、私は心の奥底で男性と繋がりが出来たことに興奮と喜びを覚えている自分がいる。浅ましく醜い。
諦めるのは簡単だ。
「諦めたくない」
今ここであの人を逃せば、私はこの先の人生で永遠に後悔することになる。
好き……なのか。それも分からないけれど。
きっと接する内に分かる気がする。当てにならない勘なのだけれど。
そんな時、ピンポーンとインターホンが鳴った。
「誰? 宅配も頼んでないはずだけど」
よっこらしょ、とおばさん臭い掛け声とともにドアを開けると、幅の太い杖のようなものを手に持った全身真っ黒の外套を羽織る、見るからに怪しい人物が立っていた。
「私は【まじかるおてぃんてぃん教団】幹部の『大きさは正義』です。有り体に言えば勧誘に来ました。犯罪組織なので断ってくれても構いません」
「有り体に言い過ぎでしょ。勧誘する気あるの?」
格好もそうだけど組織の名前も頭おかしかった……。
なによ、まじかるおてぃんてぃん教団って。卑猥な組織名にも程があるわよ。
そもそも犯罪組織って……。
「犯罪組織に入ってでも、男と繋がりを持ちたいと仰る女性は一定数いるのですよ。まだやらかしていないので、非犯罪組織ですし」
「どう考えてもアウトでしょ。というか入る気は無いから帰って」
あぁ、そういう組織ね、と一瞬で理解した。
一定数、そういう宗教というか犯罪組織は存在する。どれもほとんど成功することはないが、刹那の邂逅を望む女性たちは、文字通り命を燃やして行動する。
そんなの御免よ。
ピシャリと断りドアを閉めようとしたが、自称幹部の女性から放たれた言葉で動きを止めざるを得なかった。
「我々はすでに女性に寛容な男性を発見しました。最終手段は誘拐ですが、あちらの行動次第では犯罪組織にならずとも男性と接することが可能になるでしょう」
「まさか……」
それって……あの人のこと?
大なり小なり、そんな稀有な男性はあの人以外あり得ない。世界広しともどの男性も傲慢で女性嫌いなのだ。DNAに刻まれた本能とも言っていい。
……あの人は楽観的で脇が甘い。
世間の常識すらも疎いのだ。あれやこれやと言葉を重ねられ、甘言とともに連れ去られる可能性もゼロではない。
「どのみちお断りよ。そんなふざけた信条と男性の扱いは許せないわ。帰ってちょうだい」
キッと睨んでドアを閉めた。
「どの口が言ってるのかしらね……」
自嘲を一つ。すぅと息を吸って吐いて意識を切り替える。
「今私がすべきことは守ること。まずはあの人に注意喚起をしないと」
☆☆☆
Side 仲嶺詩緒里
「はぁ……」
私は少しショックを受けていた。
自分勝手な落ち込みだ。春樹様は何も悪くない。
ただ、Vtuberをしていた、という事実を知らなかったことに私は落ち込んでいるのだ。
「まだ会う回数は少ないですから、当然だと思いますが……」
春樹様の様子を見る限り隠そうとは思っていないみたいだ。変な話、私が直接聞けば軽い調子で教えてくれるのだろう。
本当にショックを受けているのは自分が、春樹様のことに気づけなかったことなのかもしれない。普段の様子を知る由もないから気付けないのも無理はないが、それでも知りたかった。
「面倒な女みたいになってますね……」
それにしてもVtuberとは、春樹様も危機感が無さすぎる。
幾ら顔を隠しているとはいえ、チョイスした会話の内容によっては住んでる地域を絞られることも珍しくはない。
天気ですら特定されるのだ。
本人はどうも楽観的に考えているようだが、画面越しでも女性に寛容な男性がいると分かれば、女達の行動力は計り知れない。
「私が守る必要があります。守って褒めてもらうんです。よくやったな、って……えへへ」
ハッ! 少し意識が飛んでました。
最近よくあるから気をつけなければ。
「最近はどうもキナ臭いですし、より一層警戒する必要があります。……四六時中警護をするのはどうでしょう。それなら褒められる機会も……えへへへへへ」
ハッ!! 勝手に頬が緩みます!!
「ダメです、ダメです。こんな調子だと集中できません」
仕方ない。精神を集中させるために春樹様の配信でも見よう。
「本人、なんであれでバレてないと思ってるんですかね」
男性Vtuberで検索して漁れば声で簡単に見つかりますよ。何かと最近有名みたいですし。
☆☆☆
Side 開発者
「はぁ……」
勇気の出ない自分に腹が立つ。
ただDMでお会いできませんか、と一言送るだけなのに。
「それができれば苦労はしないよね……」
勿論、保護官と同伴でも構わない。というかふたりきりで会ったら、私の理性がぷっつんしちゃうから逆に同伴してほしい。
多分『てぃんてぃん!!』って言いながら襲っちゃう気がする。なんだろう……少し喜ばれるような気がする。
さすがに気のせいか。
「すっかり大人気になっちゃったし、このままだと私より技術力の持った変態がハル様に貢献して信用ポイントを上げる可能性が……。だ、だめ! それは許容できないよ!」
昔から機械を弄っていたから、余程の専門家じゃない限り私が負けることはないと思うけど、それでも可能性がゼロじゃない限り油断していられる場合じゃない。
もしかしたら、ハル様が件の専門家の毒牙にかかってしまうこともある。
そう、私が誰よりも上であれば良いのだ。技術を磨き、これからもハル様に貢献すれば済む話。
「そう。守る。私は技術力でハル様を守る」
そうと決まれば作成中のプログラムは5分で終わらせて、インターネットで怪しい動きを発見、看破して片っ端から通報しよっか。
「情報収集はエキスパートの沙也加に任せれば良いし」
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チート3人がアップを始めました。
明日、体調が悪くなければ二章の投稿を始めます。
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