第14話 仲嶺さんはカワイイ

「なぁー、仲嶺さぁ……」


「はい、なんでしょう」


「なんか武術とかやってた?」


「……ええ、古武術を少々」


「へぇ……」


「あの」


「うん?」


「なぜ私はここに……」


 所在なさげに視線をウロウロさせる仲嶺が、意を決した様子で言った。

 場所はマイ・ハウスのリビング。

 俺は仲嶺を家に呼んでいた。


 てか、今更かよ。十分くらい経ってんだけど。

 

 呼んだ理由か。


「え、暇だから」


「暇って……私にも書類仕事というものがありまして」


 ふっふっふ、そうくると思ったぜ仲嶺よ。

 だが、俺は人の仕事を邪魔してまで暇つぶしに付き合わせるほど外道じゃないのだ。

 例え仕事をしていなくても暇って理由だけで呼び出した俺はすでに外道かもしれないが、この際それは置いておく。


「俺、知ってるぜ。男性の護衛任務中は一切の雑務を免除されることをな」


「ぐ、なぜそれを」


「ちょっと伝手を使って」


 知り合いに保護官がいる神連かみつれからの情報だ。この表情を見るに間違いなく合っている。

 仲嶺は悔しそうな表情をしつつ、拗ねたように頬を膨らませた。可愛いな。無愛想は卒業か?


「ま、良いじゃん。細かいことはさ。仲良くしようぜ?」


「し、仕事ですので」 


「頑固だなぁ……。でも質問したらちゃんと答えてくれるんだろ?」


「仕事ですので」


 無愛想さんが完全に仕事した怜悧な表情だった。なんかキャラがすぐに剥がれるあたり、俺と似たような匂いを感じるわ。


 んー、それじゃあ……



「趣味とかある?」


 少し考え込む仲嶺。パッと出てこないのか……。


「そうですね……趣味と言えるものは特にありません……が、しいて言うなら縁側で茶を啜ることでしょうか」


「えぇ……おばあちゃん……」


 隠居した老人じゃねぇか。どこの時代に産まれたんだ君は。正直言って分からないことはないけど、趣味と言うには悲しすぎる。


「んなっ、良いではありませんか!! あれ、落ち着くんですよ! 日々のストレスとか上司へのヘイトとかが……失礼しました。何でもありません」


 目を剥いて怒る仲嶺の姿は実に新鮮だった。

 これがギャップ萌えってやつか……俺は新たな扉を開いてしまったみたいだな。


「そこまで言って何でもないは無理があるだろ。別に無理して取り繕わなくったって良いんだぜ?」


「仕事ですので!!」


 もうムキになっちゃってるじゃん。

 もっと慌てふためく姿を見たいと思う俺がいる。やはり人間は探究心が強い。

 人が隠された……主にてぃんてぃんを見たくなるのもきっとそのせいだろう。


 俺にとってはジャングルの奥地の秘境……とか言う語り文句よりも、ズボンとパンツ、2枚の布の奥にあるてぃんてぃんを調査した……! の方が興奮するんだよな。他意は(ry


「えー、じゃあ俺のことどう思ってる?」


 埒が明かないから唐突に真面目な雰囲気を出してみよう。


 仲嶺はこれまた面倒な質問を……という顔で一瞬固まった。すぐに再起動したが、発言を選んでいるようにも見える。忌憚のない意見で良いんだけどな。俺だし!


「……世間一般の男性とは大きくかけ離れているかと。失礼を承知で言いますと、男性は誰もが高圧的で女性嫌いだと伺っていたものですから」


「なるほどな……」


 やはり神連に聞いた情報と整合が取れている。

 この世界の男性が女性嫌いなのは、正直仕方ねえ! と思ってる。例外はいるけど、大体は男を見ると襲ってくるとか逆に好きになる理由を教えてほしいね。マジで。

 

 俺がまだ普通に過ごせてるのも結構強メンタルだと思ってる。自画自賛じゃなくて客観的に見てね?

 わーい、俺すごい! 報酬はてぃんてぃんで!


 なんて下らないことを考えていると、いつもの無表情に微かな憂いを含ませた仲嶺が、躊躇いがちに声をかけてきた。


「あの……黒田様は、私のことが怖くないのですか?」


「え、怖い? なんで?」


「なんで、って……こんな暴力的で無愛想で、おおよそ人間としての魅力が存在してないというのに……」


 過去に何かあったのか。

 仲嶺は自嘲げで全てを諦めた瞳をしていた。それでいて希望が欲しくてやまない。複雑な表情だった。


 ……ったく、この世界は本当にどうなってんだよ。


「あのな、お前馬鹿だろ。アホだ。頭でっかち」


「知ってますよ……」


「そーゆーことじゃねぇの」


 ペシリと軽く頭を叩く。身長差もあり叩きやすかった。そうだ、こいつは年下なのだ。小さいのだ。

 仲嶺は目をパチクリしながら、俺に叩かれた部分を茫然と擦っていた。


「護衛してくれた人を怖がる? あり得ない。俺は頼もしく感じたし格好良く感じたね。暴力的? この世界だと非常に有益で頼りになるな。無愛想? たまに覗く照れだとか、怒り、羞恥。それが可愛いんじゃねぇか」


 この意見に一切の嘘なし!!


「うぇっ……!? え、ひぅ……かわっ、かわいいって……」


 仲嶺は桃色の髪をイジりながら、顔を真っ赤にして照れていた。その身長と表情の愛らしさはロリコンひゃっほいを彷彿させる。

 そうそうこういうのだよ、可愛いとこ。


「うん、可愛い。抱きしめたくなるね!!」


 これは嘘だけど。嘘っていうか、さすがに年下とは言え立派な大人に抱きつくほどアホじゃない。ノット・ロリ・タッチなのだ。合法でも例外はない。


「抱き……っ!? え、ええと、そう、仕事です!! クライアントの依頼には応えるのだという私の仕事への真摯な姿勢!! なので! い、良いでしょう! 仕事ですので!」


 すごい早口で叫んだ仲嶺はバッ、と両腕を広げた。

 体はぷるぷる。目はぐるぐる。頬は赤く、瞳は潤んでいた。



 事案です。アウト。



「や、冗談に決まってんだろ?」


 ぴしりと固まる仲嶺。


 錆びたロボットのようにギギギ、と広げた両腕を下げ、熱があるのではないかと疑う程に顔を真っ赤にした仲嶺が、リスのように頬を膨らませた。


「む、むぅぅぅぅぅ!!!!!」


 その様子があまりにも可愛らしくて、俺は仲嶺の耳元で囁く。


「可愛いってのは冗談でもなく事実だぜ?」


「〜〜ッッ!!!!!」


「ははっ、可愛い可愛い」


 ポコポコ殴ってくる仲嶺。

 

「そんなの全く痛く……あ、待って痛い。ちょ、待、痛い! 普通に痛い!! 漫画みたいに痛くない殴り方なのに!! なぜか痛い!! 内部に響くー! 待て、無意識に古武術を……痛いってえええええ!!!!」



 因果応報っすね、これ。








☆☆☆




 私は何のために。何の誇りを持って職務に就いているのですか。

 誰か教えて下さい。


 私の存在理由を。






………




 昔から何をしても母から褒められたことはなかった。

 私の家は特別で、代々男性保護官を務めている。


 男性保護官は様々な審査と訓練を乗り越えた先に存在する、栄光ある職業なのだと母は言った。

 産まれた時から、私の運命はすでに定まっていた。厳しい訓練に、頭が痛くなるほど詰め込まれた知識。

 

 友達。世間一般の間柄さえ、私には縁がなかった。

 遊び? そんなことすれば母に殴られてしまう。


 自分を見失う日々を繰り返して、あるはずの感情を心にしまい込んで。

 私はなあなあで生き続け、18の年に男性保護官へとなった。


 喜びも何もない。なるべくしてなった。ただそれだけのことだ。


 名前は黒田春樹という。

 前担当者によれば、四年間、一度も誰とも関わりがなかったらしい。

 だけど、男性には珍しくない。極度の女嫌いであれば納得できる問題だった。

 私は一度も話すことはないのだと悟った。でも、それが悲しいわけでも悔しいわけでもなく。


 何のための保護官だ、とただただ虚しい事実だけが重くのしかかる。



 でも、保護官になって二年後。


 鳴るはずのない着信音がなった。

 保護官が変わる時、自動的に男性のスマホには新しい保護官の連絡先が入る。国が決めたシステムだ。

 万が一を考えて、私は黒田様の着信音を特別なメロディーに設定していたためすぐに分かった。


 すわ敵襲か、と焦ったが、メールを見て首を傾げた。


 直訳すると散歩がしたい。


 意味がわからなかった。気分転換と書いていたが、四年越しの気分転換なんて嘘だと思った。


 実際に会った感想は、やはり男性なのだ、という薄い感情のみだ。

 ……嘘である。私も女性なのだ。少しだけ胸が熱くなるような興奮を覚えたが、気合いでしまいこんだ。


 

 

☆☆☆



「変な男性です」


 護衛を終えて家に戻った私は、ベッドにボフンと飛び込むなり呟いた。


「でも、私のことは怖がるでしょうね。あんな姿を見せて怖がられないはずがありません」


 最後に褒められた時、私は今までに感じたことのない衝撃を覚えた。

 あぁ、なんて甘美なのか。褒められることにこんな快感があったなんて、と。 しまいこんだはずの感情を簡単に引き出されてしまった。


 本当に何なのだろう、あの男性は。








☆☆☆



 私だって冷静でいられるわけじゃないんですよ!!

 なぜ、黒田様は保護官といえど女性を家に上げるのですか!!!!


 と心の中で大絶叫しつつ交わされる会話は『楽しい』という感情を思い出した。続いて『哀しみ』。そして『怒り』。最後に『嬉しみ』。


 本当になんだ、あの男性は。

 

 私を肯定してくれて。話がしたいと言ってくれて。私が必要だと言ってくれた。

 なんで私の求める全てをあの人はいとも簡単にくれるのだろう。



 胸が熱い。苦しい。それでも溢れる想いを止めることはできない。



「私ってチョロいんですかね」



 決めました。


 私はあの人を害する全てから守ると誓います。私の身がどうなろうと、私は決してあの人を見捨てることも諦めることもしません。



「だから……頑張ったらご褒美くださいね。黒田様……いえ、春樹様」

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