第4話 彼女とクラスメイト②
「で、話って?」
廊下の端の、人気のない場所で。
単刀直入に尋ねてくる本庄に「……本庄って、陸上部だったよな?」と確認すると、
「もちろん。てか、いつもグラウンドで見かけてるじゃん」
彼女は肘でこちらの脇を突いてくる。
「や、そうなんだけどさ。……その、小川と仲良いよな、確か」
俺が小川と口にした瞬間、本庄は何かを察したように笑った。
「……あー、そっち系の話ね。たぶんスズは断ってって言うと思うけど、イッツンはいいヤツだから、特別に聞くだけなら聞いてあげるよ。はい、どうぞ!」
よく分からないけど、とりあえずは聞いてくれるんだな。
なら駄目で元々と、ポケットからあるキーホルダーを取り出す。
前に通りがかった雑貨屋で見かけた、小川に似た猫のやつだ。
「……その、できればで良いんだけど。これ、小川に渡しておいてくれないか。本庄からだって言って」
フックのところを摘むようにして持ちながら、本庄の方にそれを押し出した。
照れ臭すぎて、相手の顔が見れない。
「へえ……この猫、ちょっとスズに似てるね」
「……だからつい、買っちゃったんだよ」
「や、センスは良いと思いますよ、マジで。カワイイし、こういうのスズは気に入ると思う」
「ほ、ほんとか!?」
思わず本庄に顔を寄せると、「近い近い!」と彼女は顔の前で手を振った。
我に返った俺が悪い、と離れたら、「ったく、急に距離感バグらせないでよねー」と咳払いしてから、
「……えーっと、一個確認していい?」
右手の人差し指を立てた。頷くと、その人差し指を顎にやる。
「よく分かんないけど、これ、ほんとに私からってことで良いの?」
「……うん、それでいい。というか、渡すなら絶対そうしてくれ。喋ったこともない相手からプレゼントを贈られるなんて小川も気味悪いだろうし、本庄みたいな仲良いやつから貰う方が、絶対嬉しいと思うから」
早口でそう伝える最中、去年純平から貰ったお守りのことを思い出した。
あのお守りは、今も俺の鞄の持ち手に結んである。
親友から思いのこもったものをもらうのは、中々嬉しいものだ。
ご利益があるかは怪しいけど。
本庄はそっか、分かったと頷いてから、
「渡してあげる代わりに、もう一個聞いても良いかな?」
と尋ねてきた。俺が頷くと、ニンマリ笑って先を続ける。
「話したこともない相手に、なんでこれを送ろうと思ったのかな? ずばり、顔でしょうか?」
「……どうだろ。顔もちょっとはあるかもしれないけど、でも、それだけって訳でもなくて——」
頭を掻きつつ、ここ2年と少しの間のことを、大雑把に本庄に説明する。
まあ、基本は電車内とグラウンドで毎日見かけたってだけで、派手な出来事など何もない。説明はすぐに終わった。
「——だからこう、謎の同志感? みたいなのを、勝手に俺が感じてるんだよ」
説明を終えた俺が口を閉じると、本庄はなぜか俯いてぷるぷる震えていた。
何? と思った次の瞬間、
「尊い……尊すぎる!」
がばりと顔を上げ、目をキラキラと光らせて、こちらをじっと見つめてくる。
「……や、マジでそんな良いもんじゃないから。だって、一言も会話したことないんだぞ? 向こうはたぶん何も思ってないだろうし、一歩間違えればストーカーみたいな——」
「そんな風に卑下することないよ! なんかこう、凄くいいと思う! 何なら、私がイッツンに惚れちゃいそう!」
「それは脈絡がなさ過ぎるだろ」
そうツッコむと、本庄はそれなー、と笑ってから、額にビシッと手を当てた。
敬礼ってやつだ。
「ではでは、わたくし本庄亜美、イッツンの思いをしっかり受け取りましたから! ちゃんとスズに、伝えておくから!」
「や、だから伝えなくていいんだって」
「うん、分かった!」
本庄は敬礼のポーズを崩さないまま、教室の方へ駆けて戻って行った。
途中で先生に見つかって、「本庄ォ! 廊下は走るなァ!」と怒られている。
「……本当に分かってんのかな、あいつ」
俺は頭を掻きながら苦笑した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます