2年越しの初対面
佐藤湊
第1話 彼女と俺
5時22分発の電車に乗ると、小川
なるべくそちらに目をやらないようにしながら、彼女と向かい側の椅子に座る。
陸上部の小川五十鈴は、校内一の美少女だ。
すらりとした伸びやかな四肢に、肩口まで伸びたさらさらな黒髪。
そのうえ鼻梁の美しい端正な顔立ちとくれば、誰でも一度は彼女に注目してしまう。
放課後の部活中など、とりわけ小川の注目度が証明される機会だ。
ウチの高校ではサッカー部、野球部、陸上部がグラウンドを分け合っているんだけど、彼女以外が走っている時は、サッカー部の連中も野球部員も、各々自分の練習にしっかり集中している。
ところが、ひとたび彼女がトラックのスタートラインに立つと。
石灰で白線の引かれたしょぼいトラックが見る間に本格的な競技場のトラックへと様変わりし、運動部の連中は皆、磁石のN極に引きつけられるS極のように、ぎぎぎと彼女の方を振り向くのだ。
小川には実力も備わっていた。
その伸びやかな四肢を存分に活かしながら、空気をかき分けすいすい進み、見てる側が時間の感覚を狂わせるほどあっという間にゴールへ到達してしまう。
つまり、彼女は1年生ながら陸上部のエースだった。
対して俺は、彼女を取り巻く観衆の一人——野球部でベンチ入りすらままならない、下っ端の1年坊主——に過ぎない。
そんな住む世界の違う俺たちにも、一つだけ共通点がある。
それは、毎朝同じ時間の電車の、同じ車両に乗っていること。
どちらが先に、この時間の電車に乗るようになったのかは分からない。
5時22分発の電車に乗るようになってから何度目かの時に、人気のない車両をなんとなく見渡したら、英単語帳のページを繰る彼女がぽつりといたことは覚えている。
見かけた時は、正直心臓が止まりそうになった。
ちらちら見るのも向こうに悪いし、車両や時間をずらそうかとも思った。
でも、どうせ意識してるのはこちらだけ。
向こうは毛ほども気にかけてないと思うと、それはそれで勝負に負けたような気がして嫌だった。それで今も意地を張って、同じ時間の同じ車両に乗っている。
俺たちがこんなに早い時間の電車に乗っているのは、朝練のためだ。
と言っても、野球部の朝練が始まるのは7時から。
陸上部の事情には詳しくないけど、多分似たようなものだろう。
だから、この時間の電車で通学すると、朝練の開始時間よりずっと早くに着いてしまう。
それなのに毎朝眠い目を擦り、バカ早い時間の電車に乗るのは、俺にセンスがなくて、少しでも人より練習しないと落ち着かないから。
小川がわざわざ朝練に早出する理由は知らない。
ただ、すでに抜きん出た存在にこれほど努力されたら、陸上部の連中もたまらないだろうなとは思う。
電車を降りて学校に向かい、着いてすぐにグラウンドへ出る。
いつも通り俺と小川が一番乗りで、部活時に自分の部が使っているグラウンドの所定の場所へ各々向かい、ひたすら汗を流す。
彼女の方では俺のことなど、やっぱり意識の片隅にも置いていないだろう。
そもそも同じクラスじゃないし、喋ったことすら一度もない。
でも、それでいい。
こうして毎日、空気の澄み切った静かなグラウンドの反対側で、自分以外の誰かが頑張っている。
たったそれだけの事実が、自分をこんなにも奮い立たせてくれるのだから。
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