第28話 波乱の夜会になりました【後編】

「クラッセロ侯爵令息様、何か勘違いされている様ですので、はっきりと申し上げます。私は、夫を愛しております。それから、たとえ夫に離縁されたとしても、あなたと結婚する事はありません。婚約破棄されたあの日、私は涙と一緒に、あなたへの想いも綺麗さっぱり洗い流しました。ですから、別の令嬢とぜひお幸せになってください」


そうはっきりと伝えてやった。本当にあんなにも酷い事をしていて、どうしてまだ私がダニエルの事を好きでいると思うのかしら?たとえ物凄く好きだったとしても、あんな事をされたら、100年の恋も一瞬で覚めるというのに…


「マリアンヌ、確かに俺は君に酷い事をした。君が怒るのも無理はない。でも、俺たちは愛し合っているはずだ。君も俺に婚約破棄されて、一生結婚できないと思って、ディファーソン侯爵と結婚したのだろう?すまない、俺の一時の気の迷いのせいで。とにかく、もう一度俺と一からやり直そう。今度は大切にするから」


この男、さっき私の言った言葉を聞いていたのかしら?いつからこんな訳の分からない男になったのかしら?周りもワザワザし始めた。


「ですから私は…」


「マリアンヌ!!!」


もう一度自分の気持ちを伝えようとした時だった。旦那様がものすごい勢いで、こちらにやって来たのだ。そして、私を背にかばうと、ダニエルの方を向いた。


「ダニエル殿、申し訳ないが、彼女は俺の大切な妻だ。確かに俺は、彼女にふさわしくないかもしれない。彼女が何をしたら喜ぶのかもわからず、逆に傷つけてしまう事もある。それでも、俺は彼女を誰よりも愛している。だから、本当に申し訳ないが、彼女を君に渡すことは出来ない」


そう言って、ダニエルに深々と頭を下げた。そして、今度は私の方を向き直した。


「マリアンヌ、俺は見た目も恐ろしいし、君が喜ぶことを何一つしてあげられないダメな夫だ。でも、君を誰よりも大切に思っている。どうか俺の側に、これからもいてくれないだろうか?」


真っすぐと私を見つめる赤い瞳。その瞳からは不安な様子が伝わって来る。こんなに沢山の人の前で、きっと相当勇気がいっただろう。


「旦那様、私も旦那様を心から愛しております。婚約破棄を言い渡されたあの日、1人中庭で涙を流す私に、ハンカチを渡してくださいましたね。そして“君は悪くない”そう言ってくださいましたね。あの言葉で、私がどれだけ救われたか。そしてあの日から私は、あなた様をお慕いする様になりました。奇跡的に旦那様と結婚出来てからは、毎日が幸せでした。いつもどんな時も私の事を考えて動いて下さる旦那様。そんな旦那様の側に、ずっと居たいと思っております。どうかこれからも、よろしくお願いします」


今までずっと溜めていた胸のうちを、一気に吐き出した。


「マリアンヌ、ありがとう…本当はずっと不安だったんだ。君は本当はダニエル殿が好きで、いつか彼の元に行くのではないかと…」


「あら、私は婚約破棄されたあの日から、クラッセロ侯爵令息様の事など、眼中にありませんわ。私はあの日からずっと、旦那様の虜です。もしかして、最近元気がなかったのは、その事を心配していたのですか?」


「…ああ。でも今日、自分の気持ちをしっかり伝えられ、君の気持ちを聞けた。それもこれも、ダニエル殿のお陰だな」


そう言って笑った旦那様。そういえば、ダニエルの存在をすっかり忘れていた。


2人でダニエルの方に目をやると…


「な…なんだよ。そんな目で俺を見るな!そもそも、俺は元々マリアンヌなんて興味がなかったんだ。ディファーソン侯爵と結婚させられて可哀そうだから、助けてやろうと思っただけだ。とにかく俺は、お前なんかに興味がないからな」


そう言うと、そそくさと去って行ったダニエル。一体何だったのかしら?


「何あれ…カッコ悪。マリアンヌ、あんたあんな変な男と結婚しなくて、本当によかったわね」


「そうよね。そもそも自分から婚約破棄しておいて、またよりを戻したいなんて、どれだけ図々しいんだか。あんな男と一緒に楽しそうにしていた令嬢たちも、本当にどうかしているわ…」


ルアンナがチラリと近くにいた令嬢たちを見た。すぐに目線をそらす令嬢たち。


「マリアンヌ、大好きな旦那様と気持ちが通じ合ってよかったわね。ディファーソン侯爵様、マリアンヌは今までとても苦労してきました。どうか幸せにしてやってください」


友人たちが旦那様に頭を下げた。


「もちろんだ、俺はマリアンヌを心から愛している。必ず幸せにするから、安心して欲しい」


その瞬間、周りから大きな拍手が巻き起こった。まさか拍手を頂けるなんて…旦那様も目を大きく見開いて驚いている。


そんな旦那様の手を、そっと握った。すると、こちらを見てほほ笑んでくれたと思ったら、ギュッと握り返してくれた。温かくて大きな手。これからもずっと、この温もりを感じていたい。


温かな拍手を受けながら、幸せをかみしめたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る