第25話 メイド・イン・あかん
ヒョーロックが門番の方へと歩み寄ると、
「今頃か!」
門番は開口一番叫んだ。ニスコの宣言から三日経った最終日。遅いぐらいである。
「上が中々決断しなくてな。ようやく『ちょっと様子見てきて』と田んぼの如く言われて来たら、忙しいとかでカシアードでの活動許可が出るまでに時間かかったのさ」
「銀河警察など、来ても来なくても我々が防ぐが……待ってろ。ニスコ様に確認する」
手の空いてる門番の一人が、ニスコに通信を繋ぐ。
ニスコに訊くと、
『銀河警察? いいですわ。警察に見られても困る物は有りませんから』
あっさり許可が出た。
「ここはスムーズでいいな。それじゃあ、敷地内を見させてもらうぞ」
「通れ。もし、屋敷内で入りたい部屋が有る場合は、使用人に言え」
「ああ。すまねえ。なら、あんたの部屋を見たい。門番ちゃんがどんな生活してるか、見てみたい」
「その場合、生きて屋敷を出られないと思え」
「おお、こわっ! んじゃ、行くわ」
ヒョーロックは車に乗り込んだ。車のチェックが終わると、その直後に門はゆっくりと開いてヒョーロックを迎え入れる。
ヒョーロックは屋敷に向かって車を進めた。
「住むの、大変そうだな」
広大な庭を見ながら、ヒョーロックは呟く。
「どうしてですか?」
助手席に座るリンガが訊いてきた。
「ちょっとコンビニ行こうとしても、この庭を歩いて行くんだぞ? 途中で野垂れ死んじゃうんじゃないかな」
「さすがに歩きでは行かないでしょう」
「……車か」
「ちょっとした距離でも車とか、暑すぎる土地か、寒すぎる土地みたいですね。でもニスコさんは学生さんだから運転は出来な……庭はいいんですよね? 私有地ですから」
「あるいは馬車?」
「夢は有りますけど、現実的では無いですね」
屋敷前の噴水が近づいてきた頃、一台の幌トラックが近付いてきた。
「納品のトラックか……。そういや駐在の人が『三人組に気を付けろ』と言ってたが、三人組泥棒のトラックじゃないだろうな?」
すれ違いざまにキャブの中を覗いたが、そこには中年の男が一人。
「一人……違うか」
「仲間を降ろしてきたとかは……」
「あり得るが……全てを疑っていくと、何もかもが怪しくなる」
「確かに。ヒョーロックが追っているキャラメルさんの可能性は?」
「あいつが生きているなら、運ぶ方じゃなくて乗り込む方だ」
ヒョーロックはキャラメルが乗っていたオルバートしか見ていない。中の亡骸はキャラメルでは無いのは分かったが、生死を知らない。
「まずは回ってみるか」
建物の大きさ、侵入経路、その周囲を知る為に屋敷の周りを一周。緑の中に季節の花が彩る、そんな綺麗に手入れされた庭の印象が強すぎた。植物園かと思える。
大きすぎる屋敷は、
(こんなに大きい必要有るのだろうか……)
と思ってしまったほど。
広い庭を通って屋敷の周囲を回ってみたが、不審な点は無かった。ヒョーロックとリンガは屋敷内へと入る。
「……」
二人は開いた口が塞がらなかった。高い天井の広い玄関ホールもそうだが、そこから伸びる廊下がワンルームぐらいの幅で続く。何もかもが大きい。
「部屋もデカいんだろうなぁ、この様子だと」
適当な扉を開けると、舞踏会でも余裕で出来そうな大広間が現れた。
「いや、デカいな、おい」
ここは客人をもてなす為のホール。出番はまだ無い。
「この屋敷を二人でなんとかするのは無理に思えてきたぞ。どうする? リンガ……リンガ?」
ヒョーロックがリンガの方を見ると、リンガは別方向を見ていた。その目線は行き交うメイドに向けられている。
「リンガ?」
「は、はい」
リンガは慌てた様子でヒョーロックの方を向いた。
「すみません。本物のメイドさんを見るのが初めてで……」
「――なるほど。つまり着てみたいと」
「え?」
ヒョーロックは壁に取り付けられた小さなボタンを押した。これは呼び鈴で、屋敷内各所に取り付けられている。これを押せばすぐに駆けつけると、屋敷へ入る時に使用人から言われた。
「お呼びでしょうか」
ディレクターズスーツ姿の女性使用人が即座に現れる。本当にすぐに駆けつけた。
ヒョーロックが話をすると、
「それでは……」
とリンガは連れて行かれた。
しばらくして戻ってきたリンガはエプロンドレス姿になっていた。屋敷内にいるメイドとは少し色が違うが、これは使用人以外の人が着る用の物らしい。客人と見分ける為に、色を変えているという。
「どうだ? リンガ。着てみた感想は」
「あわわ……」
希望通りの姿になったはずなのに、リンガは戸惑っている。
「その……着てみたいとかじゃなかったんですけど……」
「イヤだったの?」
「そ、そうでは……」
リンガはエプロンを掴んで俯いている。その顔は真っ赤に染まっていた。
「え、あ、その、嬉しいです。ご主人様」
リンガも、その気になっているようだ。
「ヒョーロック様もいかがですか?」
使用人が思いがけない一言。
「んあ?」
ヒョーロックが呆気に取られている間に、使用人に連れて行かれた。
「おかしくねーかぁ?」
エプロンドレスを着たヒョーロックが戻ってきた。体型が細身とはいえ、明らかに似合ってはいない。
「い、意外と似合ってますよ」
と使用人は言うが、どう見ても肩が小刻みに震えていて、笑いを堪えているようにしか見えない。
「……仕方無い。これで行くぞ」
「え? その姿で?」
さすがのリンガも、それは止めようとする。
「せっかく着せて貰ったんだ。すぐに脱いだら失礼だろ」
変なところで義理堅いヒョーロック。何か気になったのか、周囲を見回した。
「ところで、さっきから思ってたんだが、この屋敷の使用人は女しかいないのか?」
この屋敷に来て、女性使用人しか見ていない。疑問に思うのも当然である。
「そうですね……常に屋敷にいる使用人は女性だけですね」
「ってことは、この屋敷には男が俺様だけか……」
「嬉しいのですか?」
リンガに少し嫉妬心が芽ばえる。
「いや、逆に肩身狭いなと思ってな」
「客人が来れば良く起きる現象です。気にしないで下さい」
と使用人は言うが、客人が来た事は無い。それを知らないヒョーロックは、使用人の言葉を信じて納得した。
「それでは、また何か有りましたら、お呼び下さい」
そう言い残して、使用人は一瞬で消えた。
「……あいつ、ワープでもしてんのか?」
疑問に思いつつ、ヒョーロックたちはメイド姿で屋敷の調査を再開した。
広い廊下を歩いていると、遠くから一人のメイドがこっちの方へ歩いて来るのが見えた。金色っぽい髪色で、まだ小さなメイドだ。若いのだろう。
「あれぐらいの年齢からでも働くんだな」
「おうちの事情ですかね」
「か、メイドに憧れたか」
すれ違いざまに、
「こんにちは」
と挨拶すると、
「こ、こにちは!」
小さなメイドはぎこちなく挨拶して、通り過ぎて行った。
「ん? 緊張してたのかな?」
「ヒョーロックの、その姿が原因だと思います」
「ん……そっかぁ……。俺様のこの格好、間違ってる?」
「人として」
リンガはきっぱり。
ヒョーロックは少し悲しい気分になりながら、廊下を進んで行った。
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