キャラメルは銀河泥棒
龍軒治政墫
第1章
第1話 おい泥棒
「ん、しょっと」
声を出した彼女は、小さな宇宙船に大きな荷物を積み込んでいた。
速乾性素材で動きやすい、やや短めな琥珀色のタンクトップにショーパンという軽装に反して、両腕にはいかつい機械を装着している。これは筋力を何倍にも増幅してくれて、重い物でも簡単に持てるようにしてくれる便利な機械。普通の人が宇宙船の手積み、手下ろしをする時には必須のアイテム。使っているのはかなり前の型で、今ではもっと軽量コンパクトな商品も出ているが、中古で安かったし作業に問題は無いので、概ね満足している。
商品名が『スゴアーム』と、ちょっとダサいこと以外は。深夜の通販番組でも、もうちょっとマシな名前を付けてる。
でも基本的に一人で行動しているので、ゴツゴツとしたデザインもアレな商品名も、気にはしない。
小さな宇宙船オルバートに荷物を積み終えた。この宇宙船も、かなり古い型の中古品。相当ガタは来ているが、まだまだ動く。動くうちは買い換えを考えたくない。
荷物を詰め込んだ倉庫で、スゴアームを外した。重量の有るスゴアームを床に置くと、鈍く大きな音を立てる。便利な機械も、電源を切れば只の重量物へと変わる。
それから高い位置で一つに結んだ髪を左右に揺らしながら、コックピットへと向かった。途中で外へ出るタラップを閉め、コックピットへと入る。
コックピットは一人で精一杯の大きさだった。新型の同等の船なら、一人用の船でもコックピットはもっと広くて居住性はいいだろう。しかし、もうこの狭さに慣れてしまっている。この狭さが落ち着くのだ。
座り慣れたシートに座ると、日常が戻ってきたような気がした。
「さあて、帰るかな」
起動キーをセットしてスイッチを入れると、機器類に通電して光が
しばらくして、宇宙船の起動動作が終わる。あとは目的地を設定すれば、宇宙船側で計算をして自動的にルートを導き出し、目的地まで連れて行ってくれる。
問題は、機器が古くて計算に少し時間がかかるところ。
なんとも手間のかかる宇宙船だが、逆に愛着が湧いてしまっている。ダメな所がいいのだ。
しばらくしてルート計算が終わると、最終チェック。
問題が無いことを確認すると、宇宙船オルバートは宇宙へ向けて飛び立つ。
惑星圏内を離れると、一安心。離発着時が一番事故が多いからだ。
後は目的地まで自動航行モードによる数日間の旅。何も無い宇宙空間でベッドにもなるシートを友に、ダラダラ過ごす怠惰な日々が始まる。
ワープを使えばそんな日々を送らなくてもいいのだが、何分古い機体。通常航行時と比べてもワープ航行時にはとてつもなく
この堕落した無駄な数日間は、嫌いじゃない。
あれから何日経っただろうか。
ベッドモードにしたシートでうとうとゴロゴロしていると、コックピットにピーピーと通知音が鳴り出した。近くの船が「通信回線を開け」と合図している音だ。
「ん……」
彼女は眠たい目を擦りながら身体を起こし、シートを戻しつつ通信回線を開こうとした。
しかし、開く寸前で手が止まる。
嫌な予感がした。
(こんな中途半端な空間で呼びかける船なんて――)
ロクな奴がいない。そう、直感した。
開くのはやめよう。
彼女はシートを再びベッドモードにして、寝ることにした。
しばらくすると、
『コラァー! そこの不審な船ぇー! 呼びかけに応じろぉ-!』
強制リンクで通信回線に接続された。寝たまま通信用の小さなモニターをチラッと見ると、若い男の姿が映っていた。
『……って誰もいない? ん? 山脈?』
素っ頓狂な声を上げる彼の顔は、よく知っている。
「なんだよ、ヒョーロックじゃねぇか」
彼の名はヒョーロック。熱血バカな銀河警察である。
銀河警察は宇宙空間における治安維持を行う組織で、通常であれば受け手が応じなければ開けない通信回線も、強制リンクで開ける権限を持つ。
『その声……やっぱりお前か! 今時こんなボロ船に乗ってるのは、お前ぐらいだからな!』
「乙女の寝室を覗くとか、エッチィ……」
と、少ししおらしくしてみる。
『お前が乙女ってガラか?』
「うるせえよ」
ヒョーロックの言葉で元に戻った彼女は、安眠が出来無くなった。
身体を起こして、シートを戻す。外を映すモニターには、オルバートよりも一回り大きな船が映っていた。
あれは銀河警察のパトシップだ。ヒョーロック専用で、捜査・追跡しやすいように改造している。
『怪しいなぁ。その船を調べさせてもらうぞ。大人しくしろ!』
それは困る。捕まる訳にはいかない。
「断る! オレを捕まえられるなら、捕まえてみろよ」
そう言うと、彼女は通信回線を切断した。
船の航行モードを自動から半自動へと切り替える。半自動モードは基本的に自動で目的地へ進むが、自分で船を動かすことも出来る。船がルートから外れれば、自動で戻ろうとする。
「さぁて、使いたくなかったが緊急事態だ。もったいないとか、言ってらんねえ」
ワープ航行の準備に入る。ワープ航行には、ワープ装置への
もちろん、このオルバートはそれらにも時間がかかる。その間、手動操縦で警察の手から逃れようという訳だ。
操縦桿を握る手が、汗で湿る。
「あんな大口叩いて捕まったとか恥だしなあ。逃げ切ってやんぜ」
パトシップは前方、まだ少し距離が有る位置にいるが、距離は縮まってきている。
パトシップには宇宙船の自由を奪う為の捕獲装置が搭載されている。これで不審船を捕らえてから、ドッキングして船内検査を行う。この捕獲装置、素直に検査に応じる船には使われない。検査に応じない船に使われる物だ。
そして、この捕獲装置を使うには、ある程度接近する必要が有る。どの船にも、通常であれば船が接近すれば自動で距離を取るシステムが搭載されている。しかし、ヒョーロックのパトシップに関しては、船が検知されないように機能カットが出来る。もし検知されるようであれば、勝手に避けられるからである。
なので、理論上は迫るパトシップを手動でかわしていれば捕まらない。
――多分。
早めにかわせば捕まる。
ギリギリまで引きつける。これはヒョーロックとのチキン勝負だ。向こうも無茶な操縦はしないだろう。
――多分。
そうしている間にも、パトシップは近付いてきていている。
まだだ。
まだ。
ま……。
近付いたパトシップが大きく見える。
「正面からぶつける気か? おぉぉぉいっ!」
さすがに不安になってきたが、ワープ航行の準備はまだ終わっていない。避けなければぶつかる。
「くっそ」
操縦桿を動かそうとしたところで、パトシップが少し動いたように見えた。
「逆だぁ!」
パトシップが動いた方向と逆に動くことで上手くかわして、捕獲装置の範囲に入らない位置まで一気に距離を取る。すれ違いざまに捕まえる気だっただろうが、そうは行かない。
パトシップが反転するのに時間がかかる。その間にワープ航行の準備が終わればいいが。モニターを見ると、進行度は半分。もう少し時間がかかりそう。
モニターを睨みつけるが、ゲージの増加がいつもよりも遅く感じる。
「くっそぉ……」
気持ちは焦るが、焦っても進行度が早まる訳じゃない。むしろ、逆に遅く感じてしまうだけだ。
それでも早くワープ航行準備が終わらないかゲージを見ていると、後方に気配を感じた。後方モニターを見ると、小さく映ったパトシップが段々近付いているのが見えた。
「げえっ! もう反転して追ってきた」
後方から来られると、かわしにくい。速度はオルバートよりも明らかにパトシップの方が早く、追いつかれるのは時間の問題である。
「くっ……」
後方のパトシップが近付いてくる。
通信モニターが点いた。再びパトシップ側から強制リンクをしたようである。
『ワハハハハッ! そんなオンボロ船だから逃げ切れないんだよ。大人しく捕まれってぇんだ!』
「――残念だったな」
『ん?』
彼女は通信を強制的に切った。
それと同時に、ワープ航行準備が終わる。
「飛っべぇぇぇぇぇ!」
オルバートはワープ航行モードへと移行する。
ワープ装置側で周囲の安全を確認すると、オルバート周辺にワープ空間を開いた。オルバートはそのままワープ空間へと飲み込まれていく。
「うっ……」
ワープ空間へ入る際のふわっとした変な感覚は今でも慣れず、気持ち悪くなる。
これがあまり使いたくない本当の理由。
オルバートがワープ空間へ入ってしまうと、ワープ空間は閉じてしまった。
「ぁあ? 計算速くないか? あんなワープ計算速くなかっただろぉ! ワープ前に捕まえれるタイミングだっただろぉ! ワープ直前で捕まえて悔しがる顔を見たかったのにぃよぉ!」
それを見ていたヒョーロックは、パトシップ内で叫んでいた。
「リンガ、ワープ座標の探知だ!」
「もうしています。ワープ空間跡周辺は雑信号が多く、探知が困難です。正確な座標が出ません」
ピーコックブルーのメガネをした女性オペレーター、リンガが答えた。パトシップには、ヒョーロックとリンガの二人が乗っている。
「くっそぉ……改造ワープ装置使ってやがるな。前はあんなの無かったぞ。今度会ったら整備不良で捕まえてやる」
「捕まえられます? このパトシップ、今回もお金かけて改造しましたが」
「……」
何度も捕まえようとしたが、毎回逃げられている。パトシップの強化もしているが、相手も強化しているので、いつも平行線なのである。
「あと、ぶつけようとしましたよね? 修理代、大変なんですよ? また怒られます」
リンガの小言は続く。
「それはいいんだ。怒られるのは俺様だけだし、反省しているフリして聞き流しときゃあ終わる話だ」
「少しは反省して下さい」
懲りないヒョーロックに、リンガも呆れ顔。
「あいつを捕まえるためにギセイはしかたないさ。この宇宙の平和を守るのは俺様だぁ! 待ってろよ、キャラメル」
逃げた彼女の名はキャラメル。
銀河泥棒である。
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