素敵な死に方
原 照今 (ハラ ショウキ)
第1話 懐かしい生き方
1977年のある日のこと。東京の中野にあった喫茶店はスタンドが8席あるだけ。
美味しい珈琲をすすっていると、シャプレヒコールの音が遠くに聞こえた。右翼の宣伝カーだろう。中央線の沿線には、多くの転向した若者がひっそりと暮らしている。
喫茶店の常連は、いろんな大学の学生、アングラ演劇の俳優、売れないカンツォーネ歌手、だいぶ前に歌謡コンテストで優勝した民謡歌手、などなど。芸能という得体の知れないものにロマンと苦悩を持つ人たち。喫茶店の経営者でもあるママは、田舎から出たきたばかりの学生の横に座って、好きな子はいるの?とからかっている。当時の東京ではよくある風景。
ある学生が、田舎では見られないであろう文化人たちに向かって声をかけた。
「自分が死んだ時、葬式にした仲間に、あなたの生き様はどんなだった、といわれたい?」
みんなの会話が途切れた。
カンツォーネ歌手が、
「ショウちゃんは面白いこと言うねえ」と応えた。凍った空気が溶け、どうせ退屈していてるから、時間潰しに青年の疑問に付き合おうか、という雰囲気になった。
「芸能会社の社長からの花がいっぱいなのがいいかなぁ」
「ファンが集って、みんなで僕の歌を歌ってくれる場面かなぁ」
「育てた生徒が涙を流していたりして」
ずっとそんな話が続く。みな、成功したいんだな。そんなことを思っていると、喫茶店のママが言った。いつも明るく誰にも話しかけてくれる女性だが、普段は見せない様な真顔で、
「わたしのことを思い出してくれて、なつかしいって、言ってくれると嬉しいわ」といった。
その時は、ママがそんなことを思う気持ちが分からなかった。あれから30年後、ママは脳溢血で急逝した。還暦前だった。その報せを聞いて仕事場のあった関西から葬式に駆けつけた。
新幹線での移動の最中も、そして葬式の読経の時も、あの日のママさんの言葉を思い出していた。
学生時代の数年しかお付き合いは無かったが、時折に話してくれたいろんなことを思い出した。
喫茶店の経営者と客という淡い付き合いだったけれども、言葉のひとつひとつが甦る。
あんな昔の会話まで鮮明に覚えているなんて、人間の記憶機能は凄い。
葬式の後、常連仲間のK君が話しかけてきた。「ママの言葉を思い出すわ」
彼女は、誰とも相手の心にまで寄り添う生き方をしていたのだな。
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