飛行船の姫

里芋の悲劇

EP,1 出港

 |大きなエンジン音が聞こえる、思わず耳をふさぎたくなるような轟音


「オヤジ! 頑張って!」


「オー頑張ってくるぜ!」


 隻腕の男がこちらに手を振る、彼らは船乗りだ、海がなくなったこの世界で大空を進む大バカ者たちを見送る


「オカン! アタシもなれるかな、船乗り!」


「あんな馬鹿にはならなくて……って無理か、その大馬鹿野郎達の中でも特にバカな奴の子だからな、仕方ないか」


「ん? どうしたの」


「いや、あんたはあんたの道を進みな」


「わかった!」


 これは私の小さいころの記憶、だけど大切な両親との最後の記憶、今ならあの時母さんが言った言葉の意味が分かる


「修復急いで! このスピードじゃ出発まで間に合わないよ!」


「アイアイサー!」


 男たちが叫ぶ、ここは旧合衆国2番ドック、私はそこの姫……じゃなくてエンジニア、この男どもは私の手足、私が指示すれば何でもする、それに、このドックで一番デキるエンジニアは私、だからみんな私を指名する、だから生活には全く困ってない。


 でも本当は船に乗りたい、オヤジみたいに世界の空を飛んで、外を見てみたい、でもそうしない道を選んだのは私だ、だから後悔はしてない


「オイ! ジョニーそこ違う! typeCのコンデンサだから499番!」


「イエッサー!」


 毎日出勤して入港してきた船たちを大急ぎで直していく、それが楽しいから続けられている


「姫! チェックお願いします!」


「オッケー!」


 パソコンから伸びたコードを船のジャックへ差し込む、画面には船体の構造や制御コンピュータのプログラムが表示され、それを確認していく


「船体の修復は完了、あとはシステムコードの書き換えだけか」


「どうですか、姫?」


「うん、みんなお疲れ! 後は私がやっとく、今日はこれだけだから先上がってて」


「よっしゃ! 飲み行くぞ!」


「「オー!」」


 男たちが叫ぶ、そんな中システムのソースコードを確認していた私は不思議なコードを見つける


「ん? D/d《ディーディ》モード? なんだこれ」


 とりあえずネットで調べてみる、が当然出てこない


「なら動作チェックのついでに起動してみるか」


 ポチッと。


 その瞬間すべての武装が展開され、気球とブリッジが格納され大きな白い鯨のようになる


「何、これ」


 パソコンの画面にはDestroy a dead endと表示され、「障害を選択してください」と音声が流れる、ブリッジにいた私はフロントガラスを見ると赤いレティクルが表示されていた


「戦闘モードってことか、でもこれって4世代前のモデルだから変形機構なんて無かった筈だし、でもそういえば見たことない構造だなとは思ったけど……すごいこんな、こんな機構見たことない、ってことはここをいじれば……」


 気が付けばブリッジ内で寝てしまっていたらしい


「姫! どういう状況ですか!」


 通信で起こされた


「ん? おはよ~」


「オハヨーって寝てたんですか! ってかなんすかこれって! 昨日見たこいつとは全く違う見た目になってるじゃないですか!」


 そこに知らない声がする


「マジか! すげぇよあんた!」


「でしょ! アタシ天才だから」


「うん、聞いていた話は本当だったよ!」


「ってか誰?」


「一度降りてきてください姫」


「ああ、OK」


 タッチパネルを操作し、D/dモードを解除する、展開されていた装備が格納され、気球、ブリッジともに正常な状態へ戻る


 船から降りてすぐに手を握られる


「ありがとうございます!」


 そうやってブンブンと上下に振ってくる


「えっと、D/dモードの調整も行っておきましたので……」


「うちの操舵手にぜひ!」


「は?」


「だから、うちの船に乗ってください! ぜひ!」


 この人と外に……ってことだよね、でも私はここの仕事があるし、でも行きたい! 行きたいけど……ああもう!


「一回落ち着きましょうかキャプテン」


 眼鏡をかけたインテリそうな男が静かに言う


「そうだよキャプテン、この人困ってるし、でも……今操舵手とエンジニアが欲しいのは確かか」


 そうやって男の子が出てくる


「そうなんだが……」


「すまんすまん、まだ自己紹介もまだだっていうのに」


 この男は、確か


「アダムさん?」


「ええ!? なんで名前を知ってるんですか」


「あーえっと、契約書にそうやって書かれてたので」


「ああ、そうですよねそうですよ」


「その、色々話したいので、皆さんこちらに」


 と事務所へ案内する


「それで……まずは、船の状態なんですが」


「ああ、どうでした」


「全部直したので大丈夫だと思いますが、次今回のような破損があるとちょっときついかもしれませんね」


「キャプテンが下手な操縦するから!」


「仕方ないだろ! 初めてだったんだから!」


「えっと、それとさっきの操舵手とエンジニアが欲しいって……」


「ああ、そうなんです、雇っていた操舵手とエンジニアに逃げられちゃいまして」


「そうなんですか」


「そこで、君が欲しいんだ!」


「キャプテン、その誘い方変態チックだよ」


「お金は払う、し、衣食住は保証する」


「それに、エンジニアならこの機体のこともっと知りたいんじゃない?」


「それはそうですけど、でも私が大型特殊航空船舶免許持ってるって言いましたっけ」


「持ってるならなおさらだよ!」


「知らないのに誘ってるんですか、バカ野郎ですねキャプテンは」


「ホントだよ」


「今日中には出たいんだ、だから答えは今日中にしてほしい」


「いやえっと、仕事もあるし……」


「姫」


 とジョニーが入ってくる


「ジョニーどした?」


「あんたは空に行きたかったんだろ」


「……そうだけどでも仕事が」


「心配すんな、俺もエンジニアだから」


「ハ? お前船舶エンジニアの免許持ってないじゃん」


「受かりました! だから行って来いよ、俺はこの町一番のエンジニアの仕事を一番近くで見てたんだぜ、まだ駆け出しだけど、姫の1割ぐらいの仕事はできる」


「でも、それじゃぁ」


「それに! ここには俺とお前しかエンジニアがいないわけじゃない、だからもう仕事を押し付けられる役じゃなくていいってことだ」


「……」


「姫、あんたはあんたの道を行け」


 そっか、忘れてたあの時の母さんの言葉……「お前はお前の道を行け」ありきたりな言葉だけど、母さんのあれは自分に嘘をついて今にしがみつけってことじゃないんだ、だから……


「じゃぁ任せていい、ルーキー」


「ああ、行ってこいクイーン」


「ええ、私はクイーン・ルイスこの町一番のエンジニアにしてドライバーだ」


「よっしゃ! 決まり! 早速出港だ!」


「ちょっとキャプテン、早すぎ、クイーンも支度があるだろうし」


「そうですよキャプテン」


「そっか、じゃあ1時間後に来て」


「いや、ここにある、だから準備はそんなにいらない、10分あれば行ける」


「よっしゃじゃぁ頼んだ!」


 やっと、やっと行ける、オヤジが見た景色を、世界を見に行ける! オヤジがどんな思いで死んだのか、どんな気持ちで世界を進み続けたのか、知りたい、早く行きたい!


「じゃぁ、エンジンスタート」


「よっしゃぁ! 出港!」


「行ってらっしゃーい姫ー」


 男たちに見送られ、進んでいく、あの男が見た世界を……

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