第7話 女の癖にコンビニ弁当買うな!自炊しろ!弁当はサラリーマンのためにあるんだよ!!(仮題名)

「あの…ゴブリンの魔石……」




喉から出て来た声が震えている気がした。それがただの気のせいであれば良いのだが、向こうに伝わっていたらと鯉川は急に不安に駆られる。しかし女は先程から顔色を一切変えずに、微笑みを浮かべながら自分の眼をじっと見つめていた。




「……あっ…鯉川さん…でしたっけ?」




どうやら自分の名前を思い出そうとしていたようであった。鯉川は気づけば緊張で固まっていた体が、少しだけほぐれたような感覚がした。




「……」




「初めての冒険おつかれさまです。お怪我とかない感じですか?」




丁寧にお辞儀する女に鯉川もぎこちない会釈を交わした。自分が人に頭を下げたのは一体いつブリだろうか。他人に負けることが嫌いで、どんな時も口では謝罪しようが絶対に頭を下げなかった自分が、なぜか自然とこの女に会釈をしていた事に鯉川は不思議でならなかった。




「……」




「あっあれ?鯉川さん?」




「……あぁ…」




「ふふっ…はい、それなら良かったです。それでゴブリンの魔石でしたっけ?」




「あっ…これ」




「色は紫。わぁ凄いですよ鯉川さん、これ」




「……」




「知ってます?魔石って大きさだけじゃないんですよ?色も大切なんです。黄色から紫にかけて魔石に込められた魔素の量は大きくなっていきまして、その分発生確率も少ない…って…あっ!そんなこと訓練所でならいましたよね?すみません、なんか得意げに…」




「いや……知らなかったことだから」


嘘だ、本当は知っている。

魔石の種類とその希少性なんて、冒険者候補生で一番最初に習うことだ。




「そうなんですか?昨日見た鯉川さんの卒業認定書に特級候補生って書かれてましたし…てっきり」




「座学のほうは余り…体を動かすことばかりだったから…」




「じゃあ運動神経はいいんですね。あれ?じゃぁ…このゴブリンって…」




受付の女はそう言いながら、魔石から自分の方へと視線を移した。




「ああ、俺が一人で、殺した」




「ああ!やっぱり!…なんか鯉川さん一人でスラーって来ましたし、周りにお仲間さんみたいな人も見えなかったですから…まさかなぁと思ったんですけど」




「所詮はゴブリン。訓練所の教官の方が手ごわかったかな」




「へぇ……鯉川さんってお強いんですね…あっでもまだ初心者なんですから熟練者さんとパーティー組んだ方がいいですよ?周りのビギナーさんたちもそうしてますし」




「今のところは一人で…そのほうが楽だし」




「そういう人たまに見かけますけど…気づいたらいなくなってるんです。やっと名前覚えてもらって…これからお互いにベテランになっていって…もしかしたら長い付き合いにでもなるのかなって思った矢先に……別のギルドセンターに行ってるだけ……なら良いんですけどね……」




「当分、死ぬつもりはない。まだやり残したことがいっぱいあるから…それに俺は周りのデクノ棒より強い」




「あっ…はは……」




「あなたの名前は佐々木…なんだ」




「え?」




受付の女は唐突に名前を聞かれたことに、一瞬だけ身が固まる。この仕事について、大して仲がいいわけでもない客の立場でありながら、受付の自分の名前を聞いてくる相手はだいたいナンパ目的であったからだ。




「俺はまだ初心者だが…いずれベテランになり…もしかしたら何度もこのギルドに世話になるかもしれん……もしそうなった時に…互いに名前も知らないでは…おかしいだろ」




「おかしい…ですか?」




「ああ」




「……そうですね…ゆりな…って言います」




「佐々木……ゆりな…さん」




「なんですか急に改まって。さっきまでため口だったのに……ってまぁ…いっか……年齢同じですし。いずれお互いに顔も知れたベテランになりますしね」




「22…タメなのか」




「もうっ…レディの年齢を人前で言わないでくださいよ。この魔石買取りませんよ?」




「それは困る。預金もあと少ないんだ」




「ふふっ…今のご時世みんなそうですよ。はい、14000円になります」




「早いな…あと高い」




「重さはさっき図っておきましたから。この重さでも紫ならこのぐらいの値はしますね。魔石の電力利用の普及もあって近年は需要が伸びてますし…たぶんこの魔石だけで100世帯の一か月分の電力は賄えるんじゃないんですか?…知らんけど」




「……古いな」




「私が小さい時、お婆ちゃんがよく言ってたんです…もう10年前に亡くなっちゃいましたけど…」




「………あんたがギルド職員になったのはそれか?」




「ふぇ?」




「いや、すまん…一言多かった。忘れてくれ」




「いや…大丈夫ですよ…なれてますから。それではキャッシュカードお返しします」




「あっああ。ありがとう……じゃあ…」




「はい…またのご利用お待ちしております」




何度も会釈しながら振り返った向こうで、佐々木ゆりなの形式的な言葉が聞こえた。彼自身、そこに何の意味もないことが分かっていても、先程の醜態があってか、鯉川は体半分を受け付けの方に向きなおし、また自然と会釈をしていた。







「あんた長話しすぎ。後ろにお客さん並んじゃってたじゃん」


休憩時間のスタッフルームにて、コンビニの弁当を買って部屋に戻ってきた佐々木は、二の一番に注意を受けた。相手は毎回、自分の分の弁当も買わせに行かせる3年上の先輩であった。



「すっ…すみません」



アイプチで伸びたきった目元のしわを気にしているのか、同僚の女は小さな鏡でまぶたを確認しながら、鏡の端に移った自分の方をにらみつける。



「あとのお客さん…優しい人だったから良かったけど、血の気の荒くて短気な人も多いんだよ?面倒なごと増やしたくないならテキパキお客さん流さないと」



「はい…」



鏡に反射する、落ち込んで肩を落とす佐々木の姿が分かると、同僚の女はいたずらっ子のような笑みを浮かべながら佐々木の方を振り向いた。



「っていう先輩としての建前は置いといて…で、どうなのよ?あんたが話ししてた男、なにぃ?気になんの?」


「え?…ええ⁉なっないですよ!なんですかいきなり…」



「なんだぁ…つまんないの!こっちはねぇむさ苦しい、セクハラキチ外ジジイばっか相手してんのよ!…ちょっとは色恋でも聞かせて和ませてよぉ…」



とほほ、そんな大げさな態度を取りながら愚痴をこぼす女上司に、佐々木は自然と小さなため息が漏れた。



「ないですよそんなの。それに先輩は…おっぱい大きいから…」


「はぁ…このナイスバディは白馬に乗った運命の人のためにあるってのに…あんな脳みそまで筋肉にこり固まった有象無象のためじゃないのよぉ!胸が小さい人には分からない悩みだけどねっ」


「…はぁっ嫌な人」



「でもさぁあんたが話ししてた男…」


「あっはい」




「なんかさぁキモくなかったw?」




「え?」



「いや…顔はまぁ…中の……下…ぐらいだけど。なんかキモくねw?いやwwいやなんかさザ・インキャって感じじゃんw」


「インキャって…先輩それ古いですよ」


「いやいやでもさww正直いってこの業界と正反対の人材じゃんw?ああいう人がよく訓練所いけたよねぇ。結構イジメとかきついって言うし?やっぱ訓練所でもインキャかましてたんかなw」



「…先輩ああいうタイプの人のこと酷く言いすぎですよ」



「いやでも何がキモイって、あんたに対して初対面で普通にタメ口だしさwどういう教育受けてんのかね?やっぱああいうインキャが親無しなんかなぁww………あっ………ごめん…」





「……いいですよ…先輩がそういうところ欠けてるの知ってますから」


そう言いながら佐々木はマイバックからコンビニ弁当を取り出し、自分と女上司の前にあるテーブルに置いた。



「ごめんなさい」



「まぁ…確かに鯉川さんなんか席座ってるとき、こっちの方見ながらなんだかニヤついてましたけど…意外と話してみたらいい人でしたよ?タメ口というか…不愛想というか…まぁなんか、たどたどしい喋り方でしたけど…」



「いやそれもろインキャで草。あとインキャって大体そういうの自分は見つめてるのバレてないと思ってるよw」



「うーん…そうなんですかね…まぁ確かに男性ってそういう所ありますしね。あと草とか古いです先輩」



「あっ…ごめん。でもどうするww?もしソイツがあんたのこと好きだったり――」



「えぇ……そんな勘弁してくださいよ……普通に話ししてただけなんですって。私はただ…まだギルド職員になって2年目ですけど同じ冒険者さんと、ずっとお話しできないことを痛いほど知ってるだけなので」




「まぁそれは良いんだけどさ、向こうがねって話よ。あんたがその気はなくとも、ああいうタイプほど優しくしただけで勘違いするヤツ多いし。一様ね、気を付けたほうが良いかなと」



「ん?もしかして…心配してくれてたんですか?」




「ギルド職員のストーカー被害、相手が冒険者だったってこと往々にあるし?」



「ああ……ニュースでたまに見ますね。でも先輩が…人のこと心配だなんて…ふっ」


「笑うな。人が心配してるのに」




「ふふっ…でも意外と普通の良い人でしたよ鯉川さん」



「そういう所が危ないのよ。世の中にはね、名前を覚えてもらっただけで好意を持たれたって勘違いして、好きなっちゃうバカもいるんだから。あんたにその気がないなら、所詮は客と職員。あまり親しそうに話すと勘違いされるわよ」



「はいはい!じゃあお指摘されたことをよーっく私の小さな胸にとどめて、今後ともより一層善処していきたいと思っております!これでいいですか先輩」



「まったく…」



「まったく…ですよ。せっかくのお昼休みなんですから。お弁を当食べましょう!」



「はえぇコンビニ弁当は飽きたわぁ。お肌とか健康にもよくないし」



「なら自分で買いに行ってください。歩きもしないで椅子に座りっぱなしの方が体に悪いんですから」



「やなこった!じゃあ頂きます!」



「まったく…もう」



口で割りばしを割り、昨日と同じおかずであることに文句を垂れ流しながら、能天気に、そしておいしそうに食べる同僚の顔を、佐々木は微笑ましそうに見つめる。



「なによ…あんたも早く食べなさい。昼休憩30分しかないんだから」




「はいはい分かりました」




疲れた体に赤鮭の塩味が口の中にシミわたる。十分もかからずに弁当を平らげたのは生理前のせいか、それとも値段は変わらないのに、毎月ごとに軽くなっていく弁当のせいだろうか。




「世の中…世知辛いですね」




「ほよよ?そりゃあ大変も大変よ。誰だって仕事なんかしたくないんだし。でも選択肢なんてあんまないんだから」




――あんたがギルド職員になったのはそれか?――同僚の最後の言葉に、佐々木は先程の鯉川の事を思い出した。




そういえば…私ってなんでここに勤めようと思ったんだっけ…。

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