第2話 「石田課長」
「ざぃやーす」
木下がオフィスに入ると、もう何人かの同僚が仕事を始めていた。取引先との電話なのだろう、受話器を握ったままぺこぺこと頭を下げている。
よくやるよ。木下には同僚たちが到底理解できなかった。なぜああまで客にへいこらできるのか。
木下の務める会社「
その行き過ぎた顧客第一主義に、木下は辟易していた。
そしてもう一つ辟易しているのが、ノルマ至上主義。そもそも、過剰な顧客第一主義を生み出している元凶がこれだ。
室谷コーポレーションでは社員に過酷なノルマを課し、達成できないものにはネチネチとしたイジメが待っている。木下は中途入社して三年この会社で働いているが、この会社の体質にはほとほと倦んでいた。
「おあーすっ!」
隣席の同僚が、一際大きな声であいさつをした。顔を上げると案の定、石田課長のご出社だ。
木下はこの石田という男がどうにも嫌いだった。
石田は木下の所属する営業三課の課長である。爬虫類のような嫌らしい目、はげかかった頭頂部を隠すようにオールバックにした、テカテカの髪、ギトギトと脂ぎった顔、尊大な態度。全てが木下に嫌悪感を与える要素だった。
そして嫌悪の最大の理由は…。
「おぉい、木下。ちょっと来い」
ほら来やがった。木下は内心舌打ちした。
木下が石田のデスクの前に行くと、石田は今にも舌なめずりしそうな顔で木下を見た。木下は今朝の夢を思い出して、気分が悪くなる。
「木下よぉ、オマエやる気あるわけぇ?」
石田はデスクの上に両肘をつき、その丸い顔を上に乗せて木下を見る。その顔は喜びに満ちていた。
「なんでヨミがこんだけなんだよぉ」
昨日提出した売り上げの予測について言っているらしい。
「お前ぐらいだぞぉ、こんな数字出してきたの」
それは明らかに嘘だった。今は普通、ニーズの少ない時期でなのである。同僚たちだってたいした数字は上げていない。
要するに木下はスケープゴート、見せしめなのだ。
自分よりもかわいそうな奴がいる、ということで社員の不満をそらす。そんな意図がまるわかりなのである。その証拠に周りの同僚たちはみんな、聞こえないフリである。いやニヤニヤ笑いを浮かべている奴までいる。
「…だぞぉ。ちったぁマジメにやれや」
石田の説教はひとまず終わった。しかし一日に二度、三度とこうしてネチネチといびられるのである。なんてイヤなところなんだここは…。木下は胃のあたりにキリキリと痛みを感じた。
こんな日は外に出ているに限る。
「外回り行ってきやーす」
木下は営業カバンをつかむと、誰とも目をあわせずに会社を出た。
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