曇天の下で

@StnFusn

第1話

「ん…あ、あれ?ここは一体…」


昨日自分は、確かに自宅のベッドで寝た…はず。

なのに、今自分がいるのはどう考えても何処かの公園のベンチだ。

なぜ、自分はこんなところで寝ているのだろうか…


「あれ、起きたんですね」

「っ…!」


この子、いつの間に横に座っていたのだろうか?

それにしても、なんてひどい格好なんだ…

不恰好に切り揃えられた真っ黒の髪に、痩せ細った身体、その身体には明らかに大きすぎる服、そしてその服から見えている肌には、殴られたのであろう鬱血痕や、タバコの火を当てられたのだろう、火傷の傷跡がある。

ただ、その子の瞳は黒く濁った大人を嫌った目ではなく、純粋無垢な何もかもを信じてしまいそうなほど、綺麗な瞳だった。


しばらく、じっと見ていたからだろうか。

その子は


「どうして、そんなに私のことを見ているのですか?」


と、心底不思議そうにこちらを見つめてきた。

どうして、と言われても、虐待を疑っていたとは言えないだろう。

仕方なく、君の名前が気になったのだと言った。

すると、その子は目を伏せ、


「申し訳ありません、私は私の名前がわからないのです」


と、悲しそうに答えた。

名前が、わからない?記憶喪失だろうか?

何かわかるものはないのだろうか?

そう思い、その子に問いかけた。


「なんでもいいから、わかることは?」


そういうと、その子は少し考え込むようにじっと遠くを見つめた。

15分ほど経っただろうか、いやもっと経っていたかもしれない。

なにしろ、この公園には時計がない。

空には、どんよりとした雲があり、今が朝なのか夜なのかを把握することもできない。

何か時間を示すものがないものかと、周りを見渡していると、急にその子が立ち上がり、


「私は、私ですが私ではありません。貴方は、貴方ですが貴方ではありません。そして、私は貴方で、貴方は私です」


そう、感情なく話した。まるで、AIのような全くの感情を含まない声で、メモを読むかのようにすらすらと話したのだ。

見た目から推測するに、まだ10歳にも満たない子供がだ。

出会った時からおかしいとは思っていた。見た目には似合わない大人びた話し方。その話し方には、すごく違和感を感じた。

何かがおかしい。まるで早く大人になりたい、そう言っているかのような。

いや、大人になりたいと思うことは何もおかしくはない。むしろ誰だって思うことだ。

なら、なぜこの少女がおかしいと思ったのか。


_少女?なぜ、今あの子が少女だとわかった?なぜ?なぜだ?


「ふふっ、貴方は私。私は貴方。私の本当の姿は___」


この言葉を聞いたら、私は元の私に戻れないかもしれない。

本能がそう告げていた。

だが、私は少女の言葉を待った。

きっと今の私の目は、目の前にいる少女に負けないくらいキラキラと綺麗な瞳をしていることだろう。


「あのね、私の本当の姿はね…」


やっと、やっと答えが聞ける。

そう思った時だ。

あれだけ、どんよりとしていた雲が、一気に晴れたかと思うと、眩しすぎるくらい輝いた太陽が顔を覗かせた。

私は、太陽に目が眩んでしまい、咄嗟に目を閉じてしまった。

すると、少女が


「おやすみなさい。私の大好きな、かわいいかわいい__。」


あぁ、大事なところが全く聞こえなかった。

そんなことを思いながら、私は必死に少女に向かって手を伸ばした。

少女に言わないと、言わなければならない、あの言葉を。


「私も、私も大好きよ__。」






ジリリリリ


「う、ぁ」


朝…か?

泣いていたのだろうか、頬が濡れている。

頬の涙を拭うと、また涙が溢れてきた

なぜ泣いているのだろうか…

ただ、涙が止まらな__あぁ、そうか…


「う、ぅぁ、ねっ、、ねぇさん」


今のいままで忘れていた。


姉さん…もとい小春姉さんは私の近所に住んでいた、3歳年上の貧乏な家の女の子だった。

私よりもガリガリで小柄な姉さんはすごく物知りで、いつも公園で色々なことを教えてくれた。

姉さんは、私とは運命共同体だと思うと言ってくれていて、私もそう思っていた。

ただ、姉さんは母親の再婚相手から虐待を受けていた。

そのせいで学校でもひどいイジメにあっていた。

それでも、私は姉さんが大好きで、いつも一緒に公園で遊んでいた。


ある日のことだ。

それは、どんよりとした雲が空を覆い、時計のないあの公園で私が1人で姉さんを待っていた時のこと。

私は、姉さんのことをじっとベンチの上で寝転びながら待っていた。

しばらくしても、姉さんが来ないので、私は探しに行こうと立ち上がった。


その時だった。

横から、変なフードを被った男が包丁を持って走ってきたのだ。

私は恐怖で震えた。

殺される!そう思ったその時


「危ない!」


姉さんが、走って私を庇ってくれたのだ。

変な男の被っていたフードが勢いよく捲れ、男の顔がよく見えた。

その男の顔は、過去に何度か見たことがあった。

姉さんの母親の再婚相手だった。

私は、全身から血の気が引いていくのを感じながら、必死に姉さんに話しかけた。


すると、姉さんはふんわりと微笑んだかと思うと


「おやすみなさい。私の大好きな、かわいいかわいい春歌。」

私も、泣きながら、必死に口角をあげ、


「私も、私も大好きよ小春姉さん。」


私がそう言うと、姉さんはすごく満足そうに今までに見た中でとびっきりのいい笑顔で、頷き、姉さんはゆっくりと目を瞑った。


その後、私は気を失い、気がついた時には、病院にいた。

両親が泣きながら抱きついてきたのだが、当時の私には何が起こったのか、さっぱりわからなかった。

翌日に、警察が来て話を聞きたいと言われたのだが、当時の私は姉さんを目の前で亡くしたショックからだろうか。

姉さんの記憶が全くなかった。


姉さん、どうなったんだろう。

それだけが私の脳内を支配した。

思い立ったが吉日、私はベッドから勢いよく起き上がり、母に連絡した。


「小春ちゃんのこと、思い出したんやね。小春ちゃん、生きとるよ」


なんだって?姉さんが生きている?

会いたい、その一心で現在住んでいる住所を聞こうとすると


ピーンポーン


運悪くインターフォンが鳴った。


が、そんなことはどうだっていい。

私は姉さんの居場所が知りたいのだ。


なのに母は


「あら、誰か来たみたいやで。はよ見といで」


なんと呑気なことか!

などと文句を言っても仕方ないことを私は知っているので、渋々インターフォンに向かう。


「はい。なんでしょうか」

「すみません、隣に引っ越してきた櫻井と申します。挨拶に来ました」


櫻井_確か、姉さんの苗字も櫻井だったなと、思いながらドアを開く。


すると、そこに立っていたのは、




もうあの頃からずいぶん日が経った。

きっと違うのかもしれない。

全くの別人な可能性の方が極めて高い。

運命なんて、信じるがらじゃない。

でも、今だけは信じてみようと思う。


「姉さん…!」

「っ!春歌!」


姉さんは、私を抱きしめると、泣きながら謝ってきた。

私が、謝らないでいいから、これからも仲良くして欲しい、そう伝えると


姉さんは、あの時よりも、もっとずっと綺麗でかわいい笑顔で


「もちろん!」


と元気よく頷いてくれた。

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