第4話 事故か事件か、それが問題だ

 レッドは絶対安静ながら、命に別状はなくなった。あとは本人の生きる気力次第だ。

 マリアンヌ様と並んだベッドで眠っている。

 予断は許さない状態だけど、とりあえず峠は越えた。


 そこへ、魔王の仕事を終えたネイビー様がやってきた。


「レッドの容態はどうだ」


 急いで帰ってきたのだろう、ため息が出るほどの美貌に汗を浮かべている。

 あたしは状況を詳しく説明した。


「そうか、マリアンヌが」


 ネイビー様は繊細な指先で、眠るマリアンヌ様の頬にそっと触れた。彫刻のように整って冷たい印象の横顔が、ふわりと柔らかくなった。

 見とれていたら、ふと紺色の瞳がこちらを向いた。


「医療チームの皆もよく尽力してくれた。深く感謝する」


 初めて見る柔らかい笑顔に、心臓が喉から飛び出る程に驚いた。ネイビー様は誰もが恐れる魔王様。まさか笑うだにゃんて!


「もったいないお言葉ですにゃああ!」


 なぜか悪いことをしている気持ちになって、周りを見渡した。うん、誰もいないのにゃ。

 ドコドコ鳴り響く心臓を押さえていると、ネイビー様が小声で告げる。


「気になる点がある。時間を作ってくれるか」



 +++


 着いたのは五階にあるレッドの部屋。

 窓が開いたままで、カーテンが揺れている。

 ネイビー様が窓辺に行く。


「危険だから、この窓は施錠してあった。高さ160cmの位置だ」


 レッドの身長は100cm無いぐらい。

 机は運べないし、椅子もなかなかの重さだ。レッドが自力で引きずったならばカーペットに跡が残るはず。だがそんな物は無い。

 厚い本がギッシリ詰まっている棚は壁に埋め込まれているタイプで、やはり動かせない。


「自分で鍵を開けられない以上、誰かに落とされた可能性がありますにゃね」


「ああ、これは殺害未遂事件だ」


 犯人の手がかりを探してベランダを調査することにした。

 陽射しが気持ちいい。

 小鳥のチュンチュン鳴く声が聞こえている。

 あんな事件が無ければ、絶好のお散歩日和にゃのに。


 手すりはあまり高くない。レッドが自力で登ることも出来そうにゃ。

 うーん、怪しい落し物は無いにゃね。


 部屋に戻ると、ネイビー様が険しい顔をして机の上を眺めている。たくさんの紙きれに、汚い文字が浮かんでいる。すべて悪口だ。


「ひどいにゃ……まだ文字を練習してるような子に……。泣けとか転べみたいな簡単なものが多いにゃけど“罪人”とか“赤い服を着せてやる”なんかは悪質な感じにゃね」


「レッドが混血である事を良く思わない者がいるのは分かっていたが、想像以上だ。

 これだけ大量だと、犯人探しは困難だな」


 あたしは数枚を手に取る。

 紙質、インクの質、筆圧、書き方のクセ。


「ネイビー様、容疑者は一人だけですにゃ……」


「なんだと」


「今から城中の者達にワナを張って、あぶり出してやるのにゃ!」

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