第3話 独りじゃない
宮田さんは塾に寄らず、家に帰ってから食事も入浴もせずに自室に籠もった。
「未来っ、先生から聞いたわよ!猫を殺すなんて、あなた自分が何をやったか分かっているの!?」
学校に呼び出され説明された母親は怒り心頭といった様子で子供部屋のドアを叩いた。
「聞いてるの!?部屋から出てきなさい!!」
宮田さんはベッドに潜り込み、耳を塞いだ。
どんなに呼びかけても出てくる様子のない娘に対し、母親は「こんな事をする子が私の子だなんて信じられない!」と叫んで一階に降りていった。
「なんで、誰も信じてくれないの…?私、そんなに今まで行いが悪かった…?」
宮田さんはベッドに潜ったままシクシクと泣いていた。
***
朝を迎えても宮田さんはベッドから出ようとせず、再び母親にドアを叩かれても出る様子はなかった。
暫くしてドスドスと父親が階段を上がってきて、子供部屋のドアを蹴破った。
「いつまでそうしている気だ!!引きこもっていたら済まされるとでも思っているのか!?」
ベッドから乱暴に宮田さんを掴み起こすと、激しく揺すった。
「ちゃんと反省しているのか!?どうなんだ!?」
父親も母親も、宮田さんが猫を殺したのだと思いこんでいた。何故なら、担任がそのように話をしたから。宮田さんは、もう涙すら出ないのかされるがままに揺れていた。
何も言わない彼女に父親は更に怒り、思いっきり彼女の頬を殴った。
「痛みを知らないなら教えてやる!!」
怒りに任せた暴力を、抵抗すること無く宮田さんは受けていた。
「あなた、もうやめて!!死んでしまうわ!!」
「死ぬくらいの思いをしなければ反省しないだろう!」
父親は、電気スタンドで彼女の頭部を思いっきり殴った。鈍い音がして、宮田さんの頭から血が流れた。
「やめて!!」
母親はぐったりする宮田さんに駆け寄った。彼女は顔を起こす元気もなく、だらりと項垂れていた。
彼女は救急車で運ばれ、ぱっくり割れた頭部を縫われた。暴力を振るった父親は警察へ連れて行かれ、事情聴取された。
「…なんで私ばっかり。」
自宅に戻った宮田さんは、散らかった部屋を片付ける元気もなくベッドに倒れ込んだ。
「…居るんでしょ。…見てたんでしょ?」
姿の見えない
「なんで何もしてくれないの?あなたも私を馬鹿にして笑ってるの?」
ボクは床に落ちていた紙に殴り書きした。
『イイエイイエイイエイイエイイエイイエイイエ』
くしゃくしゃの紙に浮かび上がる文字を力なく目で追う宮田さんは、暫くして儀式の用紙と十円玉を投げてよこした。
「だったらあんたは何を思って私を見てるわけ?」
”ぼくと おなじ かわいそう”
「僕と同じ?親に殺されかけたってか。」
”いいえ”
「違うじゃん。何が”僕と同じ”よ。」
”ころされた”
「……。」
ボクが返事すると、宮田さんは黙ってしまった。
”がっこう いじめられた いえ まいにち なぐられる”
”だれも たすけてくれなかった”
”きみも おなじ”
”だれも たすけてくれない かわいそう”
「…同情されたって、現状は変わらない。」
”かわいそう”
「うるさい!!うるさいうるさいうるさい!!」
頭を抱えて叫ぶ宮田さんの声を聞きつけ、母親が駆け上がってきた。
「未来!?どうしたの!!」
「うるさいうるさい!!出てけ!!」
「落ち着いて!ねぇ、何があったの!?」
「だまれだまれだまれ!!どうせ味方してくれないくせに!どうせ攻めるくせに!!」
暴れる宮田さんの頭に巻かれた包帯からは、血が赤くにじみ始めていた。
「とにかく落ち着いて!頭からまた血が出てるわ!!」
母親は宮田さんを抑え込みながら、こっくりさんの用紙とボクが殴り書きした紙を見て顔を真っ青にさせた。
「お母さんが悪かった!ねぇ、お願いだから大人しくして!!」
今度は宮田さんを抱きしめて懇願していた。宮田さんは肩で息をしながら暴れるのをやめた。
「あなたの話を、聞いてなかったわよね。周りから言われた情報だけで頭ごなしに、ごめんなさい。」
「……。」
「どうして、そんなに追い詰められているの?」
「…ろしてない。」
「え?」
「猫なんて、殺してない。」
「…そうよね。あなたが殺すわけないわよね。」
「誰も、信じてくれなかった。」
「そうよね。信じてあげられなくてごめんなさい。」
母親がそう言って抱きしめると、宮田さんは涙をこぼした。
「学校で、いじめられてるの…。誰も、味方してくれない…。」
「…そう、辛かったわよね。」
「うっ…うぅぅ…っ。」
母親は号泣する宮田さんの背中を擦った。
***
翌日、宮田さんは母親に連れられて再び病院に来ていた。
「心の傷も、病院で見てもらいましょう。」
「……。」
先生に呼ばれてカウンセリングが始まった。
「こんにちは。気分はどうかな?」
「……最悪です。」
「そっか、最悪なのか。どうしてか、先生に話してもらえるかな?」
先生に促され、彼女は今までのことを説明した。
「…誰も信じてくれない。みんな敵だ。」
「…辛かったね。」
先生はそう言って宮田さんの背中を擦った。
「まずはその辛い気持ちを取らなきゃね。落ち込む気持ちを抑える薬を処方するから、試しに飲んでみて。」
「……。」
病院ではうつ病と診断され、処方された薬を母親が受け取った。
「良かったわね、少しこれで楽になるかも知れないわよ。」
「……。」
宮田さんは答えなかった。
***
宮田さんは学校を長期休暇することになった。うつの症状が酷いことと、猫の件の熱りが覚めるまで様子を見るという学校側の判断だった。
「暫く学校行かなくて良いって。良かったわね、ゆっくり出来るわよ。」
「……。」
宮田さんは、誰の問いかけにも答えることが無くなった。
「未来さん、その後どうかな?おくすり、効いてる?まだ不安があるようなら、もう少し強い薬に変えてみるよ。」
「……。」
「…お母さん、お家でもこんな感じですか?」
「はい、何を言っても答えてくれなくて。」
「そうですか…。」
「薬も、飲んでいないようなんです。」
宮田さんは、処方された薬を捨てていた。
「困ったな。飲んでくれないと、良くならないよ?」
「……。」
「辛いの、嫌でしょう?」
「……。」
何も答えようとしない彼女を見て、医者はため息を吐いた。
「自宅で投薬できないとなれば、入院するしかありませんね。」
宮田さんは、入院することになった。
***
「どうして、私は病院に入れられたのかな。」
病室のベッドに力なく横たわりながら宮田さんは呟いた。
「事情を話しても理解してもらえず、どこも体が悪くないのに薬を処方されて。」
「いじめの事も、まるで私の被害妄想みたいに聞き流されて。少ししたらまた腫れ物に触るみたいに様子だけ聞いてきて。…何も、解決していないのに。」
「…殺される方が、マシだよ。」
彼女の瞳は真っ黒で、この世の光を全て拒絶したかのように濁っていた。
「…こっくりさん。」
力なく彼女は呟いた。
「こっくりさん、いらっしゃいましたら返事をしてください。」
コン
静かな病室に一度だけノックの音が響いた。
「…こっくりさん?」
彼女が聞くのでもう一度ノックした。すると彼女は静かに涙を流した。
「こっくりさん、こっくりさん。」
彼女は何度も
***
「気分は、どうかな?」
「はい、とてもいいです。」
「それは良かった。薬は、飲めているかな?」
「はい、飲めてます。」
「素晴らしいね。外に散歩へ行ったりは出来ているかな?」
「はい、毎日
「…それは良かったね。毎日楽しいかな?」
「はい、毎日楽しいです。」
「そうか。…今日のカウンセリングはここまで。お疲れ様、付き合ってくれてありがとうね。」
「はい、さようなら。」
宮田さんの診察を終えた医師は、険しい顔で担当ナースに質問した。
「彼女、一人でずっと喋ってるんだって?」
「そうなんです、何も無いところを見て話したり、まるで誰かと会話してるみたいに怒ったり笑ったりしてるんです。」
「幻覚と幻聴か…。薬も効いてないみたいだしなぁ。」
「それが彼女、どうやら飲んでから薬を吐き出してるみたいなんです。」
「なんだって!?」
「トイレ掃除を担当した者から”錠剤が落ちていた”と。」
「…点滴に変えるしか無いな。」
***
「こっくりさん、今日先生がまた意味もない質問ばかりしてきたよ。ほんと馬鹿だよね、私が質問に対して全部肯定したら満足そうにカウンセリングやめてんの。あんなので仕事になるんだから、医者は楽だよね。」
コン
「やっぱりこっくりさんもそう思う?毎日同じ質問されて面倒くさいけど、学校や家に帰るよりマシ。ほんと、先生が馬鹿で良かったよ。適当に答えるだけであとは自由なんだもん。」
コン
「こっくりさん、私、ずっと此処に居るのかな。」
コン
「…そっか。良かったぁ、もう辛い思いしなくて済むんだ。」
宮田さんはそう言うと、右手で壁をコン、とノックした。
こっくりさん とりすけ @torisuke
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