_35 魔法少女たちの参詣
牙のあるモノは咬みつき、槍や鉈を持つモノは次々と降りおろす。やわそうに見える箇所でも肉壁は厚く、彼我の体積差もあって効く効かないなどの次元ではない。
それでも果敢に攻めこむマガツヒらに対し、思念のない《魔女の手》はされるがままだった。数で押しつづければ鎧も砕ける――かに思えたが、不意にその表層から指が生えた。
《魔女の手》の大きさからすれば糸のような〝指〟だった。ツメはなく、
際限なく伸びるその指は、手近にいたマガツヒたちをヘビのような素早さでからめとり、傷口の内側に引きずりこんでいった。さらに次の指がそこかしこに生え、
「う、ぅわぁ……」
赤ぶち眼鏡のレンズ越しに上空の惨劇をまのあたりにして、
「マガツヒを……食ってるッス……!」
「おなかを壊しそうだね、
サラの腕の中で、シグがぼやく。その青黒い目に感情はないが、サラと同じように夜空の暗い所を見つめている。
「いかんのぅ。思った以上に歯が立たぬ」
大きなゲジゲジの背に乗って先導していた
「
不意に言葉を切って浪戸はうしろを振り向く。変身していない長身のサラが、林道の真ん中で立ち止まってながめ返している。
「なんじゃ、シャラ・グードー。そなたは育ちすぎておる。
「結構ッス。触りたくないッス」
「これ泣くでない守り手」
「ロゥたん、あーしを脅すつもりなかったッスよね?」
「ぬ……」
浪戸は不自然にのどを鳴らした。心なしか複眼をうるませていたゲジゲジをなでる手が止まる。赤目が視線を泳がせつつも「……ないことは、ない」と歯切れ悪く答えた。
「つ、罪の意識はあやつりやすいのじゃ。
「赤ちゃんの頃から知ってるあーしッスよ? そんなの効くと思ったんスか?」
「ぐむ……」
浪戸に自分の所在がつかまれていたと聞いたとき、サラは、自分のことは自分で責めるものだと
「だいいちネタバラシするなら、朱鐘センパイんちで出たときにセンパイたちの前でしたほうが威力あったッス。あーしに効かなくてもセンパイたちには効果バツグンッスよ?」
「なんと恐ろしいことを考えるんじゃ。しかもなにげに目上の者を馬鹿にしておる。やはりドーラの孫娘……」
「ママに連れてこられたってのもウソッスね。自分で勝手についてきたッス」
「ぶぅぅぅ!?」
足を組み腕を組んでいた浪戸は、ゲジゲジの背に腰かけたまま跳ねそうなくらいのけぞった。血の気が引いたように影をより濃くしていた黒肌が、にわかに焼け石のごとく赤熱する。しばらく口をあけたまま固まっていたが、やがて背中を丸めると、すごすごと気まずそうにそっぽを向いた。
「だ、だって……子持ちのくせにフワフワした娘であったし、変な虫がつかぬか、その、見ておらねばと……」
「ちょくちょくパパの夢に出てるッスね?」
「ひっ、ひ弱な男は好かん!」
「で、お気に入りなんスよね?」
「ヴぅぅうぅっ……!」
謎のうなり声をあげながら、浪戸はついにレインコートのフードをすっぽりかぶってしまった。背中で暴れる主人にゲジゲジが弱りはてている。
サラはイタズラをこらしめた
「さすがのあーしも、神様クラスの心の広さで水に流すとかは無理ッス。――けど、ママの子供時代やおばあちゃんの話とか、いつかは聞かせてもらうッスよ?」
そう言うと、サラはつとめて不機嫌顔をよそおったまま、ゲジゲジのわきを大回りに歩いて、林道を先に進みはじめた。遠ざかるその足音にまぎれて、フードの中から漏れでた声は、指令ももらえず固まっているゲジゲジだけが聞いた。
「……みどもにその資格があるものか」
サラたちは、
七合ほど登ったとき、目あてのものは見つかった。
「あったのぅ。トチガミの根城といえば
「あーしここ、知ってるッス」
立ち止まって石段をながめていたサラが、追いついてきた浪戸にぼんやりと言った。草に割られた石のひとつに足をかけながら、夢見心地に視線をさまよわせる。
「――思いだしたッス。夏祭り……
「毎年やっているね」シグが腕の中で相づちを打った。
「でも、少しおかしいよ、寓童サラ。祭りはこんな山の中ではおこなわれない」
「そうなんスか? てか、お祭り行くんスね、シグシグ」
「まともに回ったのは今年が初めてだよ。朱鐘と来たんだ」
「
どこか自慢話のようにも聞こえたシグの発言に、急に浪戸が顔をしかめた。
「奇妙じゃわ。あの男の児は器量に加え気骨もあるようじゃったどに、引く手あまたの誘いを差し置いて、なぜそんな畜生と……?」
「シスコンだからじゃないッスか」
「あぁ、なんじゃシスコンか」
「しーすこ?」
「シグシグは知らなくていいッス」
石段を登りはじめる。上空では、マガツヒたちが絶えず雄たけびと悲鳴をあげて、《魔女の手》の周りを飛びまわっている。
その
「ちなみにッス、お祭り楽しかったッスか、シグシグ?」
「マヨネーズのイカ焼きはおいしかったよ」
「そりゃーよかったッスぅー」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます