_35 魔法少女たちの参詣


 ちりのような影の群れが、月を囲む輪になって泳いでいた。やがて輪は二つに分かれ、輪の中に浮かぶ《手》の前後から濁流のように押しよせた。


 牙のあるモノは咬みつき、槍や鉈を持つモノは次々と降りおろす。やわそうに見える箇所でも肉壁は厚く、彼我の体積差もあって効く効かないなどの次元ではない。

 それでも果敢に攻めこむマガツヒらに対し、思念のない《魔女の手》はされるがままだった。数で押しつづければ鎧も砕ける――かに思えたが、不意にその表層からが生えた。


 《魔女の手》の大きさからすれば糸のような〝指〟だった。ツメはなく、ふしもない。

 際限なく伸びるその指は、手近にいたマガツヒたちをヘビのような素早さでからめとり、傷口の内側に引きずりこんでいった。さらに次の指がそこかしこに生え、退きゆくマガツヒたちを追いはじめる。


「う、ぅわぁ……」


 赤ぶち眼鏡のレンズ越しに上空の惨劇をまのあたりにして、寓童ぐうどうサラは青ざめた。


「マガツヒを……食ってるッス……!」

「おなかを壊しそうだね、朱鐘あがね


 サラの腕の中で、シグがぼやく。その青黒い目に感情はないが、サラと同じように夜空の暗い所を見つめている。


「いかんのぅ。思った以上に歯が立たぬ」


 大きなゲジゲジの背に乗って先導していた浪戸ロウドも、チラリと空をあおぐや否や、苦々しげに眉をひそめた。


潘尼バンニの利発さを持てばもう少しと思うたども、焼け石に水か。急がねば、《魔女》を起こす意味も……」


 不意に言葉を切って浪戸はうしろを振り向く。変身していない長身のサラが、林道の真ん中で立ち止まってながめ返している。


「なんじゃ、シャラ・グードー。そなたは育ちすぎておる。り手に乗りたくば、あの桃色の幼子おさなごに化けよ。ソトツには自分で飛ばせればよいではないか」

「結構ッス。触りたくないッス」

「これ泣くでない守り手」

「ロゥたん、あーしを脅すつもりなかったッスよね?」

「ぬ……」


 浪戸は不自然にのどを鳴らした。心なしか複眼をうるませていたゲジゲジをなでる手が止まる。赤目が視線を泳がせつつも「……ないことは、ない」と歯切れ悪く答えた。


「つ、罪の意識はあやつりやすいのじゃ。じゃーぎだから、ごねられる前に先手をと――」

「赤ちゃんの頃から知ってるあーしッスよ? そんなの効くと思ったんスか?」

「ぐむ……」


 浪戸に自分の所在がつかまれていたと聞いたとき、サラは、自分のことは自分で責めるものだとかっした。他者につぐない方を定められるいわれはない。少なくとも、断りもなく自分を利用した者にだけは、と。


「だいいちネタバラシするなら、朱鐘センパイんちでときにセンパイたちの前でしたほうが威力あったッス。あーしに効かなくてもセンパイたちには効果バツグンッスよ?」

「なんと恐ろしいことを考えるんじゃ。しかもなにげに目上の者を馬鹿にしておる。やはりドーラの孫娘……」

「ママに連れてこられたってのもウソッスね。自分で勝手についてきたッス」

「ぶぅぅぅ!?」


 足を組み腕を組んでいた浪戸は、ゲジゲジの背に腰かけたまま跳ねそうなくらいのけぞった。血の気が引いたように影をより濃くしていた黒肌が、にわかに焼け石のごとく赤熱する。しばらく口をあけたまま固まっていたが、やがて背中を丸めると、すごすごと気まずそうにそっぽを向いた。


「だ、だって……子持ちのくせにフワフワした娘であったし、変な虫がつかぬか、その、見ておらねばと……」

「ちょくちょくパパの夢に出てるッスね?」

「ひっ、ひ弱な男は好かん!」

「で、お気に入りなんスよね?」

「ヴぅぅうぅっ……!」


 謎のうなり声をあげながら、浪戸はついにレインコートのフードをすっぽりかぶってしまった。背中で暴れる主人にゲジゲジが弱りはてている。

 サラはイタズラをこらしめた寮母りょうぼのように、しかめっ面で鼻から大きく息を吹いた。


「さすがのあーしも、神様クラスの心の広さで水に流すとかは無理ッス。――けど、ママの子供時代やおばあちゃんの話とか、いつかは聞かせてもらうッスよ?」


 そう言うと、サラはつとめて不機嫌顔をよそおったまま、ゲジゲジのわきを大回りに歩いて、林道を先に進みはじめた。遠ざかるその足音にまぎれて、フードの中から漏れでた声は、指令ももらえず固まっているゲジゲジだけが聞いた。


「……みどもにその資格があるものか」


 サラたちは、令法野高校ブノコーにほど近い小さな山をずっと登りつづけていた。

 令法りょうぶの中心地にも近く、住宅地の中にこつ然とあるような小山だ。管理は行き届いてはいない。草の生えた林道にはところどころ平たい敷石しきいしが土の下から浮きでており、元は参道であったらしき名残りを覗かせる。


 七合ほど登ったとき、目あてのものは見つかった。こけむした鳥居と石段だ。


「あったのぅ。トチガミの根城といえばりゅうけつじゃーぎ。龍穴にはが溜まるゆえ、ヒトがきつけられ、神仏をまつる場所とすることもめずらしくない」

「あーしここ、知ってるッス」


 立ち止まって石段をながめていたサラが、追いついてきた浪戸にぼんやりと言った。草に割られた石のひとつに足をかけながら、夢見心地に視線をさまよわせる。


「――思いだしたッス。夏祭り……令勢りょうぜいにもあるんで、わざわざこっち来たのは、何年も昔ッスけど……」

「毎年やっているね」シグが腕の中で相づちを打った。


「でも、少しおかしいよ、寓童サラ。祭りはこんな山の中ではおこなわれない」

「そうなんスか? てか、お祭り行くんスね、シグシグ」

「まともに回ったのは今年が初めてだよ。朱鐘と来たんだ」

とじゃと?」


 どこか自慢話のようにも聞こえたシグの発言に、急に浪戸が顔をしかめた。


「奇妙じゃわ。あの男の児は器量に加え気骨もあるようじゃったどに、引く手あまたの誘いを差し置いて、なぜそんな畜生と……?」

「シスコンだからじゃないッスか」

「あぁ、なんじゃシスコンか」

「しーすこ?」

「シグシグは知らなくていいッス」


 石段を登りはじめる。上空では、マガツヒたちが絶えず雄たけびと悲鳴をあげて、《魔女の手》の周りを飛びまわっている。

 その喧騒けんそうに混じって、どこからか、祭囃子まつりばやしの聞こえるような気が、サラにはしていた。


「ちなみにッス、お祭り楽しかったッスか、シグシグ?」

「マヨネーズのイカ焼きはおいしかったよ」

「そりゃーよかったッスぅー」

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