Astella★Magia! 魔法少女はお茶してる💝 ~戦いはマスコットにおまかせで~

ヨドミバチ

Chap. 1 契約はいつも突然に

💝1 魔法少女は変身する ~ボクと契約してくれたまえ~

 ミツオクワガタギガトンボリウスは血を噴いた。

 三連ボディブローからの流れるようなアッパーにて。


 赤い血だ。ミツオクワガタギガリウスと命名したのは三秒前のぐうどうサラだが、サラにはトンボの血が赤くていいかはわからない。虫にはくわしくない。くわしくなろうとした頃もあったがあまり生々しい意味ではなかった気がする。せいぜい図鑑の写真をノートにスケッチしていたくらいの話。


 尾が三本あるトンボも知らない。図鑑でも見たことない。虫にはくわしくない。

 トンボリウスにはあごもある。クワガタムシじみたあごだ。


 ギガはサイズ感。おそらくサラと同じくらい。昨日もバレー部が勧誘に来た。全長171センチ。

 どこがトンボ? 大きさとアゴとしっぽ意外。少なくともドラゴンよりは現実味があるだろう。


 ドラゴンもいる。


 ドラゴンだ。たぶん。サラに自信はない。ドラゴンにもくわしくない。肉食恐竜をデフォルメしたっぽくもあるが、羽根もないのに浮いたりするとは聞いていない。


 その丸々したシルエットは、遊園地の土産物売り場の奥で山積みにされている姿を連想させた。サイズもそのくらいぬいぐるみ。青みがかったスノーホワイト。

 頭は彗星すいせいのようなフォルムで、鼻も口もないし、目は穴のないボタンのように黒々していた。頭だけならヤマアラシっぽい。毛のないヤマアラシ。いいや、ドラゴンか。もしくはドラゴンっぽいヤマアラシ。


 そのヤマアラシが、ミツオクワガタトンボリウスを打ちあげた。そして消えた。


 その姿は忽然こつぜんと、高く打ちあがったミツオクワガタトンボリウスのすぐそばに現れた。リーチの短いかかと落としが、ミツオクワガタトンボリウスのクワガタ部分に突き刺さる。

 瞬間移動テレポート込みの五連コンボ。


 空に跳ねかえるようにしてトンボリウスが墜落する。公園のベンチをたたき壊し、地面にめりこみ、しばらく痙攣けいれんしてそして動かなくなる。


「くっ……ダメか」


 追ってふわふわ降りてきたヤマアラシ。いやドラゴンか。ドラゴンが言った。


 そのまま地面まで降りてきて、片膝をつくような姿勢でうずくまる。無傷のドラゴン。

 どう見ても勝負は決まっていたようなので、サラは耳を疑った。


「だ、ダメなんッスか?」

「ああ」


 少年のようだが引き締まった声。


「やつらにどれだけダメージを与えても、ボクの力では完全に滅することができないんだ。いまはよくても、やがてこちらが力尽きるだろう。そうなると……」

「どうなるんすか?」

「この町は地図から消える」

「なんて!?」


 の危機というやつだった。サラ自身が急に襲われたことすら瞬時にかすむ。なんておそろしいやつだろう、ミツオクワガタギガトンボリウス。


「打つ手はないんすか!?」

「あるよ」ドラゴンは即答する。「魔法少女さ」

「マホウショージョ!?」


 そっかー、ドラゴンの口から魔法少女出ちゃうかー、とサラは唖然としつつも、頭の奥の奥のそのまた奥で納得してしまった。羽根のないドラゴンがふわふわ浮いてる時点で現代科学は敗北したのだ。もしかしたらそんな研究成果がSNSでバズっている可能性もある時代だが、サラにできることはいいねを押してシェアするまでだ。いいねを押すだけの人類の生存圏は、いずれ世界地図から消滅する。


「呼んでくるッスか?」

「間に合わないかも」

万事休バンジキューッス!」

「まだ手はある。きみがボクと契約するんだ!」


 ハイ、契約キター! とサラは目のうしろで星が舞って卒倒しかけた。魔法少女と聞いた時点でその単語が脳裏をかすめてはいたが。


「契約って、あーしが魔法少女に!?」

「あーしってなに?」

「ワタシッス!」

「寓童サラ」

「なんで名前知ってるッスか!?」

「ボクの名前はシグ。この町を見守る魔法生物だ。きみに頼みがある」


 振り向いたぬいぐるみ風のドラゴン――魔法生物のシグは、クルミボタンの目に使命感を灯して訴えた。


「ボクと契約して、魔法少女になってほしい。きみなら運命を変えられる!」


 サラの脳裏に稲妻が走った。

 自宅のサブスク見放題サービスで見たアニメのカットが走馬灯のように駆けめぐる。中身をよく確かめずに契約を結んだ魔法少女たちは、負ってしまった残酷な宿命をあとから知って絶望のふちに立たされていた。契約を迫った魔法生物マスコットは甘い言葉で少女たちを誘い、都合の悪いことは訊かれなかったなどと不実な口実で隠していた。


 もし、あの魔法少女アニメと同じ流れだとしたら、サラは勢いだけで取り返しのつかない選択をしかけていることになる。


 だいいちサラは隣り町の人間だ。平日のアフターファイブながら偶然この町に来ていたに過ぎないし、なんなら帰り道だった。契約間に合ってマース、うちにテレビないデース、と逃げ帰っても失うものはなにもない。こっちにしかないアニメショップと行きつけの美容室とまだ入ったことのないイイ感じのカフェテリアがこっぱみじんになるだけだ。布団をかぶって勉強をつづけて地元の高校に進学し卒業しはたらいてお金を貯めていつか世界中をまわって大好きな日本のアニメを広めたい。そのために自分がハードなアニメの主人公になる必要はまったくない。


 必要はない――が、サラは好きに正直だった。サラは自分の町と地続きの、この隣り町も大好きだった。


「契約しないほうがいい理由は?」

「戦いは危険だ。リスクはある」

「でも、戦わなきゃ町が消えるんスよね?」

「きみが負うべきリスクじゃないさ」

「負えば、運命が変わるッスか? 本当に?」

「変えられるよ。くつがえせる。きみはそのための力を備えている」

「だったら、答えはひとつッス」

「なら、叫んで……歌って!

 魂に流れる、星幽せいゆうの輝きを……」




「星幽は、内なる銀河――

 ――アストラル・シャインッ、グローリィ・アウトッ!!!!」



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