〈4日目/表〉
三毛猫はその日、スッキリと目覚めた。昨日、白猫の結羽に告白してから、その安心感もあったのかぐっすりと眠ってしまった。何度か夜中に目覚めたものの、白猫を放ってどこかに行く訳にもいかないので、ずっと納屋の中にいた。白猫もよく寝ていたらようで、清太が登校してからしばらくして目を開けた。
「おはよう。私、結構寝ちゃった?」
「うん。さっき清太は学校に行ったよ。今日はどうしようか」
そう尋ねると、白猫は体を起こして背伸びをしてから答えた。
「また組合に行ってみない? 昨日のあの嫌味なオジサンがいたら、少し引っかいてやりたいわ」
彼女はそう言って笑った。もちろん、それは本心ではないのだろうが、少なくとも昨日の智治の様子を見て、彼のことを心配しているのかもしれない。ちょうど、三毛猫も智治の様子を見たかったので、特に否定することもなく頷いた。
今日はよく晴れていた。いつものように、県道を渡り、畑の中を駆けていく。人間なら不快な温度なのだろうが、この猫の姿では、顔に当たる風が心地良く、快適だ。
組合本所に着いて、中を見回した。昨日、智治がいた席の辺りを見つめるが、なかなか姿が見えない。そこで、裏口の方に回ってみたが、智治も、あの「専務」という嫌味な男も一向に出てこない。もしかすると、今日はどこかに出かけているのかもしれない。
「今日はお父さんは外出かな」
「そうね。昨日はかなり何度も出てきたと思うけど」
白猫もそう言って、少しドアから離れた場所から様子を窺っていた時だった。ドアが開いて、誰かが外に出てきた。
(この男は……)
この前のイベント会場で、彩菜と一緒にいた男だ。彼は周りを見回すと、そのまま建物から離れてどこかに歩いていく。
「ちょっと行ってみよう」
白猫がそう言って、男の向かった方に走って行くので、三毛猫もその後を追う。
男は敷地の端の方にある、人気のない物置のような場所に来ていた。白猫とともに、建物の影から様子を窺う。男は電話していた。
「今日、持って来れるのか? ああ、いいぜ。どうせ今日は部長もいないし、適当に外に出たフリして昼には帰るから、家で待ってろ」
男はそれだけ言って電話を切り、本所の建物の方に戻っていく。白猫はその姿をじっと見ていた。その隣から彼女に声を掛ける。
「アイツって、知ってる奴?」
「ううん……でも、どこかで見たような気がして」
白猫はそのまま黙っていた。そして、急にこちらを振り向いた。
「そうだ。ちょっと行きたい場所があるの」
*****
白猫は清太の家とは逆に向かって駆け出した。畑の中を駆けながら、小さな水路に出ると、そこに沿って川下に向かっていく。やがて、県道を渡った先に、まとまった集落が見えてきた。白猫はキョロキョロしながら、道路の端の方を駆けていく。その後についていくと、白猫は立ち止まり、頭を上げた。
「ここは……?」
「神社よ。この辺に友達が住んでいて、よく遊びに来ていたの。木陰が多くて、丘の方からの風も通るから、夏でも涼しくてね」
「そうだったんだ」
「それに、何ていうか……神頼みしようかなって」
「神頼み……?」
「早く人間の姿に戻してください、ってね。だって、このままじゃ、せっかく清太に花火大会に誘われたのに、行くことだってできないじゃないの」
白猫は笑ってそう言うと、少し苔むした階段をジャンプして上がっていく。そこまで長い階段ではないが、その先の門の先にも階段が続いている。白猫に続いて階段を上がっていく。
その奥には古びた小さな建物があった。木々に囲まれて薄暗く、人気も全くない。その建物の前に白猫とともに並んで座る。手を叩くのは無理なので、とりあえず頭を下げる。
(神様……。どうか、結羽と、その家族を、そして父さんを守ってください)
心の中でそう願う。とりあえず、今日までの所は、智治の事件の関係での収穫はゼロだ。ただ、幸いなことにまだ何も事件らしいことは起こっていない。しかし、事件が起こるのは7月19日であり、事件現場が実家だということは分かっているのだ。今日は確か16日。まだ3日後だ。仮に、これから何も収穫がなかったとしても、その日は実家に張り付いて、父が何かされそうになったら、全力で守ればいい。そうすれば、智治は傷害の犯人にはならないだろう。
それに、この白猫の結羽には、自分の思いを告白した。いつ人間の姿に戻れるのかまだ分からないが、その想いはきっと彼女の支えにもなる。だから、彼女が人間の姿に戻った後でも、自殺するようなことはないはずだ。
ゆっくりと目を開ける。すると、隣に座った白猫は、まだ目を閉じていた。その姿をじっと見ていると、しばらくして白猫も目を開けて、大きく深呼吸した。
「風が涼しいね」
「うん」
「少し休んでいこうか」
白猫は木漏れ日を受けながら言った。サラサラと木々の葉が揺れる音が聞こえる。白猫は建物の脇の方に進み、そこにゴロンと横になった。三毛猫もその隣に寝転んで、そっと目を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます