〈5日目/表〉

 三毛猫の清太は焦っていた。


 白猫と神社に行き、そこで白猫とともに少し昼寝をしたつもりだったが、気づくと辺りは夕方になっていて、白猫の姿も見えなくなっていた。慌てて白猫の姿を探し始めたのだが、全く姿が見つからずにずっと辺りを探し回っていた。一人で遠くまでは行かないだろうと思って辺りを探し続けていると、スクーターに乗った制服姿の女子とすれ違った。香南高校の制服だと思って後を追うと、スクーターは一軒の庭に入って止まる。彼女がヘルメットを脱いだのを見てハッとした。


(彩菜じゃないか)


 この前、イベント会場で引っかいた彼女だった。彼女はそこに建っている家のドアを開けて「ただいま」と言いながら中に姿を消していく。するとここは彼女の家か。


 彩菜と結羽は中学まではかなり仲の良い友人だと聞いていた。ここは結羽の家からはかなり離れているので、結羽がこの辺りの事を知っているとしたら、彩菜の家に遊びに来ていたからだろう。


 その時、暗闇から「ウウ」という唸り声が聞こえた。振り向くと、白黒の猫がこちらを睨んでいる。とっさに周りを見ると、家の裏手側には低い柵があるが、その下はくぐれそうな気がした。急いでその方に走って行き、その柵の下をすり抜ける。その先は深い草むらが続いていて、その中をしばらく進むと、古い倉庫のような建物があった。そこに逃げ込み、入口の扉を閉めたところで、周りを見回してハッとした。


「結羽……」


 倉庫の端の方に、あの白猫の結羽がいた。近づいてみると、目を固く閉じて横たわっている。ただ、特に目立った怪我は無く、お腹の辺りが上下しているので、生きてはいるようだ。


「結羽、結羽」


 声をかけてみたが反応はない。ただ、息はしているようなので仕方なくその場で様子を見ることにした。とりあえず、倉庫の入口の扉を閉める。これで、野良猫も入って来られないだろう。しばらくは彼女の様子を見守っていたが、彼女を見つけた安心感もあって、いつの間にか眠ってしまった。



 どれくらい経ったのだろう。目を開けると、倉庫の隙間から僅かな明かりが漏れている。トントンと屋根から音が聞こえるのは、雨が降っているのだろう。隣にいた白猫はまだ目を閉じていた。さすがに心配になり、そっとその体に手を掛けて揺さぶってみる。


「結羽、結羽!」


 やや大きな声を出して揺さぶると、白猫は目を開けた。


「あっ……清太」


「良かった……。大丈夫? 何があった?」


 そういうと、白猫は横になったまま背伸びをした。


「ごめん……私、野良猫に追われて」


「ああ、それでここに逃げてきたのか。呼んでも全然起きないし、気絶したみたいだったから、かなり心配してた」


 三毛猫が答えると、白猫は起き上がり、もう一度背伸びをした。


「フアア……。何だかすごく寝た感じ」


 白猫は地面に座り、こちらに笑顔を向けた。実際、かなり心配していたのだが、彼女はスッキリとした様子だ。単に、かなり疲れていただけなのかもしれない。


「これからどうする?」


「そうね——」


 白猫はそう言って上を向いた。


「帰ろうか」


「えっ?」


「清太の家に帰ろう」


 白猫の声が急に明るくなったように感じた。その様子に、「うん」と頷く。そして、倉庫の扉を開けて外に出た。空は曇り空で雨が降っているが、雨宿りしながらなら走って帰れそうだ。


 途中、木の下で休憩しながら、畑の中の道を白猫はまるで跳ねるように駆けている。やはり彼女はかなり元気になっているようだ。そこから清太の家には、組合本所の方は通らず山沿いの道を進んだ方が、距離的にも早く、車通りも少ない。桃畑の中も横切りながら、白猫とともに地面を蹴っていく。


 途中、雨が強くなったりしたが、自宅に戻ってきた頃にはだいぶ小雨になっていた。自宅にはまだ誰もいないようで静まり返っている。両親と祖父母も、このくらいの雨ならまだ畑に出ているのだろう。納屋の奥に置いたままの古いタオルを持ってきて、白猫の背中に掛け、自分もその隣に入り込んだ。


「温かいね……。ありがとう」


 うん、と頷くと、白猫は横になり、再びウトウトとし始めた。少し疲れたのだろうか。三毛猫もそこに横になると、いつのまにか眠りに落ちてしまった。



******



 ふと目が覚めると、辺りはかなり暗くなっていた。隣を見ると白猫の姿がない。ハッとして慌てて納屋から外に出たところで、足を止めた。


 少し先の実家の軒先で、人間の清太が座っていた。そして、彼の前で座っている白猫の背中を撫でている。清太の体はびしょ濡れだ。普段から、通学には合羽を持っていたので、雨ならば使うはずだが、どうしてそんなに濡れているのか不思議なほどだ。


 その時、青いトラックが庭に入ってきた。助手席から降りてきた母が声をかける。


「あら! どうしたの。びしょ濡れじゃないの」


「ああ……。ちょっと」


「早く風呂に入りなさい。そんなんじゃ風邪ひくわよ」


 母はそう言ってから、トラックから荷物を降ろしている父を手伝い始めた。すると、清太も立ち上がって、それを手伝い始める。それが終わると、3人で家の中に戻っていく。


「その猫、可愛いだろ?」


 そう尋ねた母の後ろから清太が頷きながら玄関の中に姿を消し、ガラガラと引き戸が閉まった。しかし、白猫はそのまま玄関の方を真っすぐに見つめていた。不思議に思って、彼女の近くに駆け寄る。


「どうしたの?」


 そう尋ねると、白猫はゆっくりとこちらを振り向いた。その顔を見てドキッとする。


 彼女の瞳からは、大粒の涙が溢れていた。

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