終わった世界に響く声

くろねこ教授

第1話 こんばんわ

 恭平は家屋の三階に入り込んでいた。

 珍しいくらい原型を留めた一般住宅。

 扉の内側から鍵をかける。2階から3階へ上がる階段にテーブルや椅子なんぞを積み上げる。


 朝出ていく時にはジャマになるかもしれないが、夜寝込みを襲われる事を考えれば、なんて事は無い。


 ふぅっ


 吐き出した息が白く曇って見える。

 冬場の夜なのだ。


 2階にあったベッドから毛布と掛布団は奪って来た。暖房は無くても今夜は温かく眠れそうだ。


 背中のナップザックから、本日の収穫を取り出す。この家屋に期待した食料は残っていなかった。

 見た目のキレイな家だ。誰でも狙う。布団が有っただけでもありがたい。

 それでも、缶詰やインスタント食品がボロボロになった商店の残骸から手に入った。


 この生活で学んだのはカップ麺はお湯を入れなくても食えると言う事だ。指で麺を砕いて、適当に口へ放り込む。バリバリした食感も楽しい。本当に栄養になっているのか、と疑いを感じるが腹は満たされる。


 マズイ、そろそろ時間だ。


 恭平に取って毎日の生活の中、最も大切な15分間。聞き損ねたら、本当に身悶えして泣いてしまいそうだ。


 ラジオを取り出す。

 スマホより少し大きいくらいのサイズ。イヤホン線と別にアンテナ線の差込口があるタイプ。

 恭平はこんなものがまだ世の中に売っているとすら考え無かった。

 ラジオなんて、MPプレイヤーのオマケ機能に着いてくる不必要な物と思っていたのだ。

 現在の恭平にとっては命の次くらいに大事な物だ。



 腕時計は数分前を指している。

 良かった、間に合った。


 棒を二つ取り出し、クロスさせ嵌めこむ。四方に作った窪みに引っかけ、アンテナ線を巻き付ける。

 自作のアンテナだ。

 以前ならスマホで検索すれば一瞬で手に入った情報。現在では……

 大型の書店の棚を片っ端から調べ、ようやっとラジオの専門誌などと言う奇妙な物から見よう見まねで作り上げた。


 ラジオのスイッチをオンにして、静かに目を閉じる。


 窓の外では……黒犬獣の物らしき狂暴な声が響くが……そんな物には耳を傾けない。


「こんにちは、まひるです。

 ……現在は夜の7時ですから、よく考えたらこんばんわですよね。

 ずっと気が付いていなかったです」


 奇麗な声が部屋に響く。

 

 恭平は思わず、言葉を返していた。


「こんにちは。

 いや……こんばんわ」

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