第33話 外伝~空と空気の境目③~

空井、真壁、瑞野は暫く談笑しながら夜道を歩き、一番近くの駅へと到着した。


「あっ、じゃあ私。彼氏が迎えに来てくれてるから、先行くね!」


すると、スマホ画面を確認しながら瑞野が明るい声で言う。


「相変わらず仲良いな~……爆発しろ」

「万里辛辣~!」

「私なりに祝福してんだし!」

「キューピッドの癖にさ~」

「ってか、瑞野さん。彼氏居るのに合コンなんか来ちゃダメじゃん~」

「空井君~、見た目の割に真面目なこと言うね~」


空井君、と。真壁が空井に声を掛かる。


「瑞野さん、本当は来たくなかったんだけど。山瀬さんに、無理矢理来させられちゃったんだって」

「そうなの? アイツ、ロクなことしないな!」

「ホントだよ! 何とかしてくれよ空井君!」


瑞野がお茶らけた様子で言う。


「……私、結構かましちゃったけど。今後の大学生活、大丈夫?」


すると、真壁が心配げな声で尋ねた。


「大丈夫大丈夫! 別に、今回が特別巻き込まれただけで。いつもは山瀬さんと私、全然関わりないし!」


瑞野曰く、向こうが勝手に突っかかってくるだけなのだそうだ。


「ああ、アイツ。昔からそうだから、ホント無視して良いよ。危害とか加える度胸は無いし」

「なんか分かる! ただ他人の粗探して、仲間内で突っついて。自分が優越感浸りたいだけだよね~!」

「瑞野さん、分かってるね~!」


山瀬談義に、空井と瑞野は楽しそうに花を咲かせる。


「……なんか二人、仲良くなったね」

「空井君とは、良い友人になれそうだわ!」

「俺も! 瑞野さんとは、男女の友情成立させられそうで嬉しいわ!」


そう言って、二人はほぼ同時にスマホを取り出した。


「連絡先、交換しようぜ」


そう瑞野が言い。


「喜んで!」


と、空井が言った。


「……それじゃあ、彼氏近くまで来たっぽいから。私、行くね!」

「はいはーい! 気をつけてね!」

「またね、瑞野さん!」


恋人との待ち合わせ場所へと、嬉しそうに駆けていく瑞野を。真壁と空井が手を振って見送る。


「……まっ――」


一瞬、油断して。空井は「真壁ちゃん」と言いそうになりながら。


「まりちゃんは、迎えとか無いの?」


と、持ち直す。


「そんなの無いけど……」

「じゃあ、俺。家まで送ってくよ。女の子一人じゃ、危ないしね~」

「いや、大丈夫です!!」


空井の申し出に、慌てて遠慮する真壁。


「ここから家の最寄りまで五駅だし、家から駅までの距離もそんな遠くないですし……何より、そこまで遅い時間って程でもないですし!」


現在の時刻は夜の八時過ぎ。真壁達の年齢ならば、うろついていてもなんら不思議ではない健全な時間であった。


「そっかあ、残念~」


真壁の返答に、空井は少々大げさに言い。


「送り狼して、万里ちゃんの家。突き止めちゃおうと思ったのに」


そう続けるのであった。



  ***



「父さんさ、母さんとどうやって出会ったの?」



ある日の夜、風呂上がりにビールを飲んでいた父・空井央樹ひろきに。空井は唐突に尋ねた。

父は驚きで、飲んでいたビールを気管にでも入れてしまったのか。苦しそうにゴホゴホとむせ始める。


「ひっ、英樹? きゅっ、急にどうしたんだ?」


空井の父親は市役所に勤める地方公務員で、毎日真面目に仕事に励む勤勉な人物であった。

容姿は印象に残りにくい平凡なものだが、清潔感とシンプルな服装をさらりと着こなすことから。彼に出会った人間は、物腰柔らかに話してくれる気遣いも含めて嫌悪感を抱く者は殆ど居らず。職場でも、大きな不満を抱いたり抱かれたりすることなく平穏な日々を送っている。


「母さんが、父さんと運命の出会いをしたのが。大学生の時だって言ってた」


空井がそう返すと、父は恥ずかしそうに片手で顔を覆い隠す。


「彼女は一体、息子に何を言ってるんだ……」

「内容聞いても教えてくれなくて、『お父さんに聞いた方が面白いと思うから、内容が聞きたかったらお父さんに聞いてね!』って母さんが」


空井の言葉に、父はさらに項垂れた。


「……英樹、お前……そういうの興味ないタイプじゃなかったか?」


普段の空井は、家の中でもあまり余計なおしゃべりをすることが無く。空井家が家族で取る食卓では、主に妹。次いで母、大きく差をつけて父。そして空井という順番が、口数の多さの順位である。

なので両親と妹から、空井が質問を受けることはあっても。その逆は、年に一回あるかないかの珍事であったのだ。


「……教えて貰えないと、気になる」


父の問いに、空井がぎこちない声で告げた。


「それに――」


続いた言葉に、父は視線と耳を傾ける。


「どうやったら、父さんと母さんみたいな夫婦になれる人と会えるのか……知りたい……」


恥ずかしそうに紡がれた息子の台詞。

空井は幼い頃から、あまり我が儘や自分の希望を強く主張しない子供であった。

彼が三つに頃に、妹の里央菜りおなが生まれたことで。両親が彼女に掛かりきりになってしまい、幼いながらも気を遣わせてしまったことが起因しているのだろうか……と、父と母は悩んだりもしたものだが。空井自身は実際、不満も欲も無いから何も要求しないという。割と単純な理由であったのだ。

確かに、幼い妹に両親を取られることに寂しさや嫉妬を感じない訳ではなかった。幼児期の記憶が残る頃まで遡ったら、自分が喚き散らすことで母を困らせることに遠慮して大人しくしている部分もあった気がする。

けれど、そんなことは些末な事情と思えるくらい。空井は妹が可愛かったのだ。

両親も、確かに手の掛かる妹の方を構うことが多かったが。二人を比べて優劣をつけるようなことは一切せず、空井が何かをしたらきちんと褒めてもくれた。空井家総出で甘やかし、甘えん坊に育ってしまった妹も。口煩く騒々しいのが玉にきずではあるものの、優しい心根の持ち主で。物事を斜めに見てしまう兄に対しても普通に接し、勤勉で優秀な彼の学力を見込んで宿題や勉強を見てくれと良くせがんでいた。

多少の鬱陶しさを感じてしまうこともあるにはあるが、基本的にはやはり。可愛く思っている妹に頼られるのは、空井でも嬉しいものなのだ。

そんな居心地の善い家族が居て、それだけで。空井は、特に何も強く望むことも物も無かったのである。

それでも……彼にも、一つだけ抱いている夢があったのだ。


それは、母のような人と結婚して。父のような家庭を持つこと――。


そう心の中で呟いて、それから。照れくさそうに、視線を逸らした。

父は息子の様子を見て、何かを察したらしく。


「英樹」


と、名前を呼ぶと。


「何か飲みながら、座って話そう。長話になる。母さんと出会った時のことは……とても、短くは纏められない」


穏やかな笑顔で、そう言うのであった。

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