BABY SUGAR PINK

ギヨラリョーコ

第1話

「名取」と「葉山」だから五十音順の席だと間に五人挟んでちょうど隣になる。

二年生の始業式で僕の右隣に座っていた名取は、髪先をいじりながらぼうっと先生の話を聞いていた。僕も一般的な高校生だから正直、紋切型のホームルームに集中してなんかいなくて、それよりも名取の方が気になっていた。

 名取と同じクラスになるのは初めてだったけれど、一年の時点で結構派手で目立つタイプだったから名前は聞いていたのだ。

 その襟足の長さと色の明るさは校則にギリギリ引っかかるんじゃないかと何気なく目をやって、退屈そうに髪を梳いては摘まむ左手の指先に、思わず目を奪われた。



 小指と薬指の爪が、淡くとろりと明るいピンク色に染まっている。



「なとりー」

 名取の前の席の中島がプリントをばさばさ振って、億劫そうに名取の指がそこに伸びていく。マニキュア、なんだろうか。教室の灯りを反射して、名取の指先がふわふわとミルクで伸ばしたみたいな柔らかいピンクの人工的な甘さで光っている。楕円に近い、男にしては綺麗な形の爪だ。優しくて、なのに不自然で、名前がきっとあるはずの甘やかさだと思った。

 教室のざわつきが上滑りして耳に入らなくなる。どうして名取は爪をピンクにしているんだろう。何か重大な秘密がある気がして目が離せなくなる。心拍数が跳ね上がって胸が痛い。

「な、なと」

「おいって」

 見とれている僕の頭を、回ってきたプリントがひっぱたいた。


 一度目の席替えはその日の帰りのHRで、結局名取のピンクの爪を見るのはそれで最後になってしまった。

 


 それから、半年経って。


「ハヤさんシャーペン落とした?」

「あ、僕の僕の、ありがと」


 僕と名取は、まあ、フツー。 


 休みの日に一緒に遊びに行くとか、校外学習の班を組むとか、そこまで仲良しってわけじゃない。でも今みたくシャーペン落としたら拾ってくれて、俺も名取が教科書忘れたら多分机くっつけて見せてあげるし(あれから名取と隣の席になってないけど)、テストがだるいとか最近雑誌で見たあのモデルが可愛いみたいな話もするし、本当に、フツー。

 ぎりぎり友達って言ってもいいんじゃないかと思う。名取は多分怒らない。

 名取が差し出したシャーペンを受け取りながら、こっそりその手を見つめる。どの爪も生まれたまんまの色だ。あれ以来、名取が爪を何色かに塗っているところなんて一度も見ていない。

 あの時どうして爪をピンクに塗っていたのか、僕はまだ名取に聞けていない。聞いたら、教えてくれるんじゃないかと思う。多分友達だから。でも僕の質問が名取の繊細な部分に触れてしまったらと思うと怖くて聞けなかった。

 色の無い名取の手に、あの日見た柔らかなピンク色を重ね合わせる。なんだか思い出すたびにどんどん綺麗な色になって、記憶に強く染みついていくような気がしている。

「ハヤさんのじゃなかった?」

 じっとシャーペン――正確にはそれを持っていた名取の手――を見ていた僕に名取が怪訝な顔をする。慌てて首を横に振ってシャーペンを開きっぱなしだったペンケースにしまう。一瞬触れた気がする指先の、あるかないかの感触を覚えようとしている自分が嫌だった。


 名取に言えていないことがもう一つある。時々、名取の夢を見ている。正確には名取の左手の夢を見ている。夢は記憶を整理するために見ているって聞いたから、あんまり名取の爪のことばかり考えているせいだと思う。

 それは名取の、薬指と小指をピンク色に塗った左手が、僕の手を握ったり、頬を撫でたり、もっとありえない場所に触ったりする夢だった。

 夢の中の名取の手はふわふわと曖昧に柔らかくて、温かかった。本当は布団の感触だったのかもしれない。

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