第20話
寮の建物を出て三人で歩いていると、やはり奇異の目で見られる。いじめられっ子といじめっ子の姉がいっしょにいたら気になるのは自然なことだ。普段から注目されることに慣れている僕も、いつもと違う種類の視線にどこか落ち着かない。
ルビィは周りの目など気にしていないかのように、いつも通りの姿を見せている。一番気まずそうなのはウェンディだ。さっきから髪の毛をいじる回数が多い。
しかし、見方によってはこの状況はウェンディにとって悪くないかもしれない。姉の方はいじめっ子の弟とは違い、ルビィとの仲は悪くないのだと周囲に印象付けられる。ウェンディとルビィの二人だけだと、弟の敵を討ちにきた姉のような構図にも見えそうだが、間に僕が挟まることでちょうどいい感じになっている。この三人で学園祭を回ろうとルビィが言い出したのはこれが狙いだった、というのは考えすぎだろうか。
「ねえ、このまま歩き続けるつもり?」
ウェンディはげんなりした様子だ。
「何か食べたいんですか?」
「違うっての。こんな見世物みたいに練り歩いて、何がしたいのよ」
「たしかにそうですね。お祭りでは何をするのが正解なのですか?」
「はぁ……。もういい。回るところは今から全部私が決めるから。ちゃんとついてきなさいよ」
ウェンディは目的地も決めずにただ歩いていた僕に呆れたようだった。仕方ないだろう。祭りの楽しみ方なんて知らないんだから。
僕とルビィが横並びになり、ウェンディが先導する形で移動を開始した。
僕たちが最初に訪れたのは、小さな魔動車を展示しているクラブだった。寮の先輩が所属している。年末の『希望の鐘』を鳴らす作戦のときに、体を張って僕の身代わりになってくれた先輩だ。僕は彼のことを心のなかで信者先輩と呼んでいる。理由は、彼が僕の信奉者だからだ。
「ああ、教祖様……じゃなくてアヴェイラム君。わざわざ僕のために来てくれたのかい?」
「あ、はい。ウェンディ先輩に連れられて」
「ん? ああ、ウェンディもいたのか。ルビィ・リビィ君も。珍しい組み合わせだね」
「はずれ者連合ってところです。ウェンディ先輩が会長を務めています」
「そうなのか?」
信者先輩がウェンディに聞く。
「……そういうことみたい」
ウェンディは否定はしなかった。
「ところで、面白いものを作ってるんですね」
魔動車とは、魔力で動く車のことだ。今は馬車が移動手段のメインストリームだが、魔動車に取って代わられる可能性があると言われている。
「興味あるかい?」
「はい。魔動車って、今どうなんですか? 出力が足りないと聞きますけど」
「まさにその通りだよ。こういったミニチュアでは動かせるけど、人が乗る大きさではぜんぜん。魔力を動力に変換するときにロスが多いんだ」
信者先輩が詳しい話をし始めると、ウェンディとルビィは別の人に案内されて、ミニ魔動車を各々動かし始めた。ギクシャクした感じはだいぶなくなってきている。ああしていると、ウェンディが姉というのも納得できる。家族とは仲が悪いと聞いているが、どちらかと言えば親と折り合いが悪いらしい。リアムとは互いに不干渉という話だ。
「僕の理解では、たしか、仮に最高の変換効率を達成しても、人の魔力量では十分に動かせないのでは?」
「そうなんだよ。だからほら。僕たちが目指すべきはこんな感じの魔動車なんだ」
信者先輩がミニ魔動車のひとつを手にとって僕に見せた。ここにあるものの中でも特に小さい、二輪の魔動車だった。
「これは……一人乗りですか?」
「そう。これなら理論的には魔力は足りるんだ。魔力が多い人ならちょっとした遠出くらいはできる……はず」
「なるほど。完成が楽しみです」
「はは……。気長に待ってくれると嬉しいよ」
信者先輩は自信なさげに笑った。地球の歴史と照らし合わせれば、今のままでは魔動車は絶対に普及しない。人一人が生産できるエネルギー量が絶対的に足りないからだ。魔力バッテリーや魔力から動力への変換システムはこれからも高性能化していくが、最終的にはエネルギー不足という壁にぶち当たる。
僕は、生物が魔力を生み出すというシステム自体に問題があると思っている。近い未来、人類は魔力を人工的に生産する方向へと一斉に進み始めるだろう。それが実現しなければ、近年の魔工学によって生み出された数々の発明は、一部の魔力の多い者や金持ちだけが持てる贅沢品という位置づけになるだけだ。
しかし、人工魔力の生産には大きな課題がある。生物が生成する魔力には、個体ごとに特有の模様があるからだ。それはつまり人によって規格が異なるということだ。規格が統一できなければ工業化など夢のまた夢。すべての人が自由に使うことのできる魔力、すなわち、『統一魔力』と呼ばれる概念上の魔力を作り出し、魔力の民主化を実現しなければならないのだ。
信者先輩のクラブを見終わったあと、ウェンディはご飯にしようと言って、サンドイッチと果実水を奢ってくれた。ベンチにウェンディを真ん中にして三人並んで座る。
「フォーチュンサンドだって。中に予言が入ってるみたい」
ウェンディの声が弾む。談話室では暗く沈んでいた表情も、少しだけ明るくなったように見える。
「予言と言っても、つまりは生徒が書いたものでしょう?」
「はぁ……。あんたって」
ため息をつかれた。
「なんですか?」
「かわいくない」
「可愛さを武器にしていないので」
「人の楽しみに水を差すやつは嫌われるってことだけ言っとく」
何も言い返せない。たしかに、言わなくてもいいことだった。しかも、奢ってもらっておいて。
「……すみません、失言でした」
「わかればいいわ。こういうのは何も考えず楽しめばいいのよ。――あ、ルビィ君の、なんて書いてあった?」
僕たちが言い争っている間にルビィは黙々と食べていたらしく、もう紙を見つけて広げているところだった。
「『その道を信じて進めば成し遂げられる』」
「へぇ、いいじゃない。今ルビィ君がやってることは間違ってないってことね」
「よかった」
ルビィの表情がほんの僅かに綻ぶ。何か思い当たる節があるのかもしれない。
次に予言にたどり着いたのは僕だった。小さく折り曲げられた紙を広げる。
「どう?」
ウェンディが僕に尋ねる。
「『転機を迎える』か。穏やかじゃないな」
「そう? いい方に転じるって信じなさいよ」
「すでにいい方に向いてるのに?」
「そんなのわかんないでしょ。このままだとお先真っ暗かも」
ウェンディが意地悪な目をして僕を脅す。でもそんなの僕には効かない。研究も調子がいいし、『境界の演劇団』の知名度も上がってきたし、僕には正しい道を突き進んでいる実感があるのだ。
「じゃあ、今よりもっと良い未来に続く転機だと思っておきます」
「それがいいかもね。――あ、私もたどり着いた」
ウェンディが食べかけのサンドイッチから折り畳まれた紙を引っ張り出す。彼女はそれを広げるが、微妙な顔をする。
「なんて書いてあったんですか?」
「え……べつに」
「後輩二人には公開させておいて、自分だけ逃げるのはなしですよ」
「う、わかったわよ。『待ち人
「さっきと言ってることが違いますけど」
「いいのよ。予言が外れたーって文句を言うのも楽しみ方のひとつなんだから」
「まあ、一理ありますね」
占いや予言なんて、結局は受け手の解釈次第だ。望まない結果のときに無理やりいいように受け取るも無視するも本人の自由。一瞬立ち止まって今の自分を客観的に見る良い機会になったな、くらいに捉えるのがちょうどいい。
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