第19話


 年末に精霊祭が中止となったのを補うため、先月、学園は僕たち生徒に学園祭を開くことを通達した。開催は今月半ばに迫っている。生徒二名の死によって学園の中は少し動揺を見せているが、ロイたちが劇的に勝ち取った自由を再び抑圧すれば生徒たちからの強い反発を生む。今や『境界の演劇団』は、反魔運動の学生サークルとして学園外にまで影響力を持つため、学園としては開催せざるを得なかったのだ。



 『境界の演劇団』はその名の通り、学園祭で演劇をする予定だ。以前精霊祭で上演する用にルビィが脚本を書いてくれたから、それをそのまま使うことになった。もともとは僕も悪役として出演予定だったが、これまで積み上げてきたイメージをわざわざ悪くすることもないでしょうとペルシャに言われ、裏方に回ることになった。

 衣装担当で裏方仲間のエリィによろしくと言うと、「でもアヴェイラム君のやることあんまりないよ」と言われてしまった。マッシュは音楽担当だし、ヴァン、ペルシャ、エベレストは演者だから僕一人だけ何もしないのは忍びない。

 そこで僕は、劇に魔信を導入することにした。本番で使用する講堂はそれなりに広く、演者たちは常に大声を出さないと後ろの人まで聞こえないが、魔信と受信機を数台設置することでその問題は解決するはずだ。僕が父から魔信を使わないよう釘を刺されたことをペルシャは知っていたようで、強く反対された。しかし、この前僕がリリィ・リビィから教わった法の抜け穴を説明してやると、ため息をつき、渋々了承したのだった。



 学園祭という目先のイベントのおかげで、生徒たちは悲惨なガゼボ事件から気を逸らすことができたようで、少しずつ活気を取り戻していった。授業の後や休みの日を使って学園祭の準備に励む姿は忙しそうであったが、みな表情は明るい。そんなこんなで学園祭の日はすぐにやってきた。



 朝、馬車で登校し、シャアレ寮に立ち寄ると、談話室へ向かう途中でマッシュに会う。



「ロイ様だー。おはよー」



「おはよう、マッシュ。もう出るのか?」



「うん。いろんなクラブからピアノ弾いてほしいって頼まれてるんだ」



「そうか。じゃあいっしょに回れないな」



「そうなんだよー。ロイ様は? 今日は一人で何するの?」



「ひ、一人?」



「え? だって、ペルシャは討論会に出るし、エベレストとエリィはずっとファッションショーやるって言ってたじゃん」



「そうだった……。ヴァンは……たしかトーナメントに出るんだったな。あの戦闘狂め」



「――あっ、もういかなきゃ。じゃあまた演劇のときに!」



「ああ、また」



 マッシュはタッタッと走り去った。僕はため息をつき、さっきよりも重い足で談話室へと向かった。






 談話室にはルビィがいた。他に生徒はいない。なんだかんだみんな忙しいみたいだ。

 しかし珍しいな。ルビィはあまり人と交流をしないから、談話室に来ているのを見たのは初めてだ。ここでも彼は、いつものようにペンを動かして文字を書いている。僕は彼の正面のソファに腰を下ろした。

 ルビィが顔を上げる。



「ロイ君」



「ルビィ・リビィ」



 名前を呼ばれたから、名前を呼び返した。



「誰かと回る?」



「いや、ここでサボってようと思う」



「そっか」



 それだけ言って、ルビィは書くことを再開した。ルビィもサボるつもりらしい。仲間がいると心強い。ルビィがよく行動をともにしていたジェラールは、リアムたちの骨を折ってから今なお謹慎中だから、ルビィもいっしょに回る人がいないのだ。でもそれも悪くない。一人ぼっちで集まって隅っこで隠れているのも学園祭の楽しみ方のひとつだろう。



 魔法剣の練習をしたりぼうっとしたりしていると、中庭の方が賑わってきた。たぶん生徒たちの家族が入り始めたのだろう。学園祭は家族も参加可能となっている。僕の家族は……まあ来ないだろうな。ルビィはどうだろう? リリィはルビィを溺愛しているふうだったから、来てもおかしくはない。

 聞いてもいいし聞かなくてもいいなあ、なんてと思っていると、談話室に入ってくる者がいた。



「なんだあんたか。それと……」



 ウェンディだった。彼女は僕を見て失礼なことを口にし、その後すぐにルビィを見て神妙な顔をした。ウェンディはリアムの姉だ。弟がルビィを酷くいじめていたことに思うところがあるのだろう。

 ウェンディは僕の隣に座り、ルビィに向き合った。



「あ、あの、ルビィ君……さん」



 ウェンディはペンを動かし続けるルビィに声をかけた。呼び方が定まらないらしく、おかしな感じになっている。ルビィはウェンディに気づいていない様子だった。



「切りがいいところまで待つといいですよ」



 困った顔で僕を見たウェンディに、アドバイスを送る。



「そう……だね」



 ウェンディは納得したようだった。

 不思議な組み合わせになってしまった。しかし、考えてみればウェンディも一人ぼっちという意味では同族なのかもしれない。弟のリアムに殺人の疑いがかけられているということは、当然ウェンディの評判にも悪影響があるはずだ。ウェンディが何もしていなくても、加害者家族と距離を取りたくなるのが人の心理というものだ。

 ウェンディの横顔を盗み見ると、目の下にはうっすらとクマができているのが見て取れた。



 僕は読みかけの論文を読むことにした。ウェンディも小さな鞄から本を一冊取り出し、読み始めた。僕たち三人は特に話をすることもなく、ゆっくりと時間が過ぎていった。紙をめくるとき、小さな緊張が走るのがわかるほど、部屋の中は静寂に包まれている。時折外から楽しそうな声が部屋の仲間で聞こえてくると、僕らだけが違う世界にいる気になった。

 コト、と机にペンが置かれ、僕は顔を上げた。ルビィがウェンディをじっと見ている。



「あ、ええと、ごきげんよう」



 ウェンディはしどろもどろに挨拶をした。



「こんにちは」



 ルビィは挨拶を返した。



「私、ウェンディ・ドルトン。つまりその、リアムの姉で――」



「知ってます」



「あっ、そうよね。あのね。リアムが君にしたこと、ほんとにごめんなさい。私が謝ってどうなるって話だけど……」



「学園祭回りたい。この三人で」



「え? え? この三人で?」



 ウェンディが目を丸くする。僕も驚いて、ウェンディと顔を見合わせた。



「この三人で一緒に回った方がいいと思う」



 ルビィは念を押すように言った。彼の言い方は、何か確信があるかのようだった。



「僕は構わないよ。演劇の時間までどうせ暇だ」



 僕はルビィに返事をし、ウェンディに目配せをした。



「まあ、私も暇だけど……」



 そうして、このよくわからない三人組で学園祭を回ることになった。

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