第六章
第1話
それはもう見事に『希望の鐘』を打ち鳴らし、アルティーリア学園に自由をもたらした僕は、あの日以降ますます名声を高めている。悪名高かった頃が今では懐かしいくらいだ。
しばらく沈黙を続けていた鐘が突如街に鳴り響いたことは新聞にも取り上げられた。その立役者が僕を中心とした『境界の演劇団』であることもしっかり知れ渡ったようで、僕らのサークル活動は順調な滑り出しを見せていた。
『希望の鐘』は悪いものを浄化する意味合いを持つ。政治的には魔人に反感を持つ者たちが行う反魔運動のシンボルだ。それを鳴らした『境界の演劇団』は、僕とペルシャの思惑通り、徐々に反魔運動の支持層から信頼を獲得している。
理想を言えば、作戦に大きく貢献した通信機の存在を記事中で触れてほしかったが、どの新聞も取り上げてはくれなかった。あんなに画期的な発明なのに。
冬休みが始まると、寮で年を越す一部の生徒以外はみな学園を離れる。
僕は数少ない通学組だから本当なら今頃家で休暇を満喫しているはずだったのに、『希望の鐘』を損壊させた罰として、寮に泊まり込みで反省文やらなんやらを書く羽目になったのだった。数日間だけではあるが、僕にとって初めての寮生活だ。
まだ残っていた寮生たちは案外普通に話しかけてくるから、居心地は悪くなかった。魔法学でわからないところがあれば教えてやってもいいと思えるくらいには親睦を深めた。中でも、僕の身代わりになって懺悔球を受けてくれた信者先輩と、僕を部屋に匿ってくれたウェンディ・ドルトンとはよく話すようになった。
せっかくの寮生活だったから、学園の図書館に通い、面白そうな本を見つけては読み、片手間にだらだらと反省文を書き進めていたら、今年も残すところあと二日となっていた。どうせ家では誰も僕のことを待っていないと高をくくっていたけど、今朝突然アヴェイラム家の馬車が学園にやってきた。
父上が僕を呼んでいるという。仕方なしに、すでに書き終わっていた反省文を提出し、帰り支度を始めた。
帰る前に談話室に顔を出すと、ウェンディ・ドルトンがソファに座り、本を読んでいた。
「あんたも帰るの?」
ウェンディが本から顔を上げて言った。
「父上に呼ばれましてね。ドルトン嬢はいつまで残るおつもりで?」
「あたしはもういいかな。どうせ帰ってこいとも言われてないし」
ウェンディはため息を吐いた。彼女は家族とあまり良い関係ではないらしい。家では他のきょうだいばかりが目をかけられ、いてもいなくても変わらないという。すでに姉が家にとって重要な婚姻を済ませ、家の跡継ぎ問題も弟の役目だからウェンディは関係がないそうだ。
彼女の弟のリアムとは同級生だが、相当甘やかされて育ったのか、彼は附属校の頃からの問題児だった。似た者同士で集まり、クラスでは威張り散らし、気に入らない生徒をいじめたりと、やりたい放題だった。ルビィ・リビィが彼らにいじめられているのを僕が止めてからは大人しくなったが。
そんな彼の姉ということもあり、最初はウェンディに対して、派手な容姿に棘のある性格のとっつきにくそうな女、といった印象を持っていたが、こうして談話室で顔を合わせているうちに話すようになった。
家庭のいらない子という境遇は僕と重なる部分がある。彼女に対して親近感を覚えているのかもしれない。
「気楽でいいですね」
父に呼ばれたことが気が重くて、寮に残れるのを羨ましく思った。
僕の言葉を嫌味と受け取ったのか、ウェンディは睨むように目を細めた。しかし、僕の表情を見て本心から言っていることが伝わったのか、彼女は表情を和らげた。
「……そうね。気楽だって思えるなら、その方が健全よね」
「そうですよ。自由があることが我々『はずれ者』の特権でしょう」
「はずれ者って……。まあ、その通りなんだけど」
「僕だって兄の立場ならこれほど好き放題できてませんからね」
「そうでしょうね。あのエドワード・アヴェイラムがあんたみたいに反省文を書かされてたら驚きだわ」
「でしょう?」
僕は得意げにニヤリと歯を見せた。
「反省の欠片もない顔ね」
「『はずれ者連合』は気楽に生きることを信条としてますから」
「どんな連合よ」
「会長はあなたですよ」
「勝手ね。……まあいいけど」
「では会長、僕はそろそろ行きますね」
「はいはい」
公爵家のタウンハウスに帰ると、自分の部屋で一息入れる間もなく執務室に呼び出された。部屋に入ると、常よりさらに威圧感のある父、ルーカスの姿があった。彼の様子を見れば、僕にとって楽しい話ではないのは明らかだった。だけど、呼ばれた理由はまるでわからない。
「呼ばれた理由はわかっているな?」
「もちろんです。申し訳ございませんでした」
とりあえず謝ってから、僕は高速で頭を回転させる。執務机に置かれた新聞の表紙が目に入った。『希望の鐘』の事件について書かれた記事だ。
「『通信機』と言うそうだな。実用化はいつになる?」
なるほど、通信機の話だったか。学園で暴れたことを問題にしているわけではないようだ。
「性能に関しては、すでに実用に足るでしょう」
「……問題は?」
「材料となるフォネテシルトの甲羅の希少性が量産化の妨げになると思います」
「ふむ。そうか」
ルーカスは腕を組み、何やら考え込んだ。軍用の技術としてどう運用するか、算段でも立てているのだろうか。
量産化はまだ難しいとは言ったが、実のところ、当てがないでもない。
フォネテシルトの甲羅は魔力信号を振動――つまり音に変換する機能を持っている。この間は時間もなかったから甲羅をそのまま使って間に合わせたけど、すでに仕組みは解明できたから他の材料で代用できるはずだ。
「まあいい。その調子でお前の価値を示せ」
「承知しました」
ルーカスから過去にこれだけの言葉をかけられたことがあっただろうか。僕の研究は彼の期待に十分に応えられているらしかった。ウェンディには悪いが、これから僕が研究で成果を出し続ければ、すぐに『いらない子同盟』を破棄することになりそうだ。
親に必要とされたいなら、子はそれ相応の価値を証明しなければならないのだろう。前世の記憶を得る前の僕が放置されていたのも無理はない。
だけど……今更父親からの関心なんて要るのか? ルーカスが欲しているのは僕の研究であって、僕じゃない。研究を認められたいだけなら学会で認められればいい。相手はルーカスじゃなくていいんだ。
ルーカスからの関心を望んでいない自分に気づく。どこか解放された気分だ。べつに家族の愛を渇望していたつもりはなかったが、やはり心のどこかで期待していたのだろう。
附属校で苦労して生徒会選挙を戦い、面倒な生徒会長まで務めたのだって、今思えば父や祖父に失望されたくないからだったのかもしれない。
でも、もはや気を使う必要もないな。
「もう退室してもよろしいでしょうか」
こちらから話を切り上げようとすると、ルーカスは僅かに眉を上げた。驚いたのか、それとも気に触ったのか、読み取ることはできない。
「最後にひとつ忠告しよう。なんのためにお前の論文を差し止めたのか、よく考えて行動することだ」
ルーカスに釘を刺される。
本来なら有名な魔法学術誌『チャームド』に僕の論文は載るはずだったが、軍事利用のために差し止められた。
通信機が軍隊にとって強力な手札となるのは明白だ。それをむやみに学園の生徒たちの前で披露したことが気に入らないのだろう。だけど僕は、差し止めに納得したわけじゃないんだ。魔法学研究者にとって『チャームド』に論文が掲載されることは大変な名誉なことなのに、それを軍事利用などという理由で不当に奪われては敵わない。
……あれ、まさか通信機のことが新聞で取り上げられなかったのも、ルーカスが裏で手を回したからなのか? だとしたら、僕はこの先もずっと自由に研究を公表できず、利用され続けるんじゃないのか?
「……ご忠告、痛み入ります」
言いたいことはたくさんあったが、僕はぐっと堪えて聞き分けの良い息子を装った。
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