第3話
クラブの活動拠点が欲しかったから学園事務に相談したところ、校長にまで話が伝わり、活動内容によっては設立を許可しないという返事があった。それはそうだ。
最近の学園のスタンスに賛同できないから新しい政治的なサークルを結成したいと正直に言うわけにもいかない。そこで僕とペルシャは考えた。表向きには別のクラブを名乗り、フェイクの活動で学園の目を
しかし、意外とその表向きの活動というのが難しい。吹奏楽のような練習が大変なクラブだと表の活動の方がメインになってしまうし、すでに存在するクラブだと許可が下りない。僕の大本命だった読書クラブも、すでにあるらしい。教える人間が必要な合唱クラブや絵画クラブなどもだめだ。秘密抱えるのだから、生徒だけで完結するようなものでなければならない。
僕とペルシャだけではアイデアが浮かばなかったから、エベレストとエリィに相談してみたところ、演劇クラブがいいと言われた。たしかに学園に演劇クラブは存在しないが、活動が大変そうだ。そう指摘すると、二人は演劇自体に興味があるそうで、そっちはそっちでちゃんと活動すればいいと言った。それなら大丈夫そうかと、僕は納得した。彼女らが表の活動に真剣に取り組んでくれるなら、いい隠れ蓑になりそうだ。
というわけで、僕がリーダーとなって演劇クラブを設立することになった。事務の人に具体的な活動内容について聞かれたから、とりあえず年末の精霊祭に向けて劇の練習をしていくと答えた。クラブの名称はまだ決まっていない。最初の集まりのときにメンバー全員で決めるから、それまでは保留にしてくれと頼むと了承してくれた。そして、僕らの仮の活動拠点として旧音楽室が与えられた。
旧音楽室は、いつもの僕らの行動圏からは外れた、少し奥まったところにある建物の一室だ。アルティーリア学園の敷地内には多くの歴史的建造物が存在するが、その中でもとくに古そうな外観をしている。建物は古いほど歴史的な価値が上がるらしいが、この建物からはそういった威厳のようなものは感じ取れない。ただ古いだけという印象だった。
薄暗い廊下を経て目的の部屋に入ると、空気が滞っているのか、息を吸えば胸のあたりに違和感を覚えた。隅っこにぽつんと置かれたピアノは、寂しげに埃を被っている。大きな張出窓が二つ、教室の前と後ろに取り付けられていて、木造のそれを力を入れて押すと、ギィと不気味な音を立てて、両側に開いた。大きく息を吸い、空気のおいしさを思い出す。
「校長のやつ、もっといい部屋はなかったのか? こんな廃教室を押し付けてくるなんて」
思わず文句がこぼれる。普通は学園事務がクラブの部屋を決めるはずなのに、なぜか校長が口を出してきたのだ。
「演劇クラブだとしても、ロイ様の活動を支援したくないのでしょう。校長からしたらロイ様の影響力がこれ以上増すのは嫌でしょうから」
ペルシャがもうひとつの窓を開けた。
アヴェイラム家の人間というだけで校長からしたら政敵のようなものだ。それに加え、近頃クインタスの事件のせいで学園内での僕の影響力は増していて、これ以上注目を集められる前に僻地へと追いやっておこうと考えたのかもしれない。
張出窓の外側へ突き出した部分にペルシャと並んで腰掛けて待っていると、事前に招集したメンバーが続々と集まってきた。エベレストとエリィは、部屋の後方に無造作に置かれていた簡素な木の椅子を部屋の真ん中まで持ってきて、さっと埃を払ってからそれに座った。ヴァンはもう一方の張出窓付近の壁に背中を預け、そのすぐ近くでマッシュがピアノの屋根をハンカチで拭いている。
「今日集まってもらったのは他でもない」
僕は取り澄まして、まるで舞台役者かのように語りかけた。
「なんだよ。もったいぶって」
ヴァンが胡散臭そうに横目で僕を見た。
「まあヴァン、黙って聞いてくれ。僕はこれから、学園の管理体制に対抗するためのクラブを立ち上げようと思っている。君たちにはそのサークルの初期メンバーになってもらいたい」
いまいち反応がよくない。
誰もピンときていないのか、なんと言ったらいいのかわからない様子だ。エベレストとエリィには事前に言っておいたはずだが、もしかして僕が純粋に演劇クラブを作ったと思っているのか?
「ほら、あれだよ。去年、卒業前に話しただろ? ま、まさか誰も覚えていないのか?」
「ロイさまぁ、そのクラブって何をするものなんですか?」
ピアノの前の椅子に腰掛けているマッシュが疑問を口にした。
「そうだな――大雑把に言えば、社会の不条理に対して、大人たちに任せずに学生自らが声を上げ、世の中を変えていこう、という趣旨のサークルだ」
「気に入らないことに大声で文句を言う集まりってこと?」
「それはちが――いや、要約すればそういうこと……なのか?」
「ふーん。それじゃあ、ロイさまは世の中に対して文句があるってことですか?」
マッシュは質問をすると、問いの答えには興味がないかのようにピアノに向き合って、ピアノの鍵を右手の人差し指で押し込んだ。
こもったような不鮮明な音が鳴った。調律の問題だろうか。
「あるさ。僕はクインタスが野放しになっている現状が許せないんだよ」
「――意外だな。ロイにそんな正義感があったなんて」
ヴァンが腑に落ちないといった様子で首をひねった。
「正義は貴様の領分だろう。僕は研究者が次々と殺されていくことに憤りを覚えているんだ。研究者なくして国に――いや人類に進歩などないのだから。失われているのは有象無象の命じゃないんだ」
「ひどい言い様だな。だけど、そういう理由の方がロイらしいな。俺も魔物とかクインタスに怯えた学園の空気はなんとかしたいと思ってる。打倒クインタスは難しいかもしれないけど、俺たちが声を上げれば、他の生徒たちにとっての希望くらいにはなる。俺は参加するよ」
「いかにも英雄らしい動機には寒気がするが、歓迎しよう」
「それはどうも」
「ボクも参加でいいよ。クインタスのことはしょーじき怖いけど――でもロイさまがやることだから、なんとなく入った方がよさそう」
マッシュは言い終わるとゆったりとした、しかし暗い響きの曲を弾き始めた。
単音だとくぐもっていた音も、こうして音楽として聴くと悪くない。むしろ曲調と合っていて聴き心地はよかった。僕の耳が悪いからかマッシュの技量がいいからかはわからないが。
鍵盤を滑るマッシュの指から目を離し、部屋の中央で隣り合って座るエベレストとエリィを見やった。
「――わたくしは、迎賓館の事件のあと、危険なことには関わってほしくないと両親から言われてしまいましたの……」
「そうか……。それは、仕方がないな」
クインタスはアヴェイラム派の貴族の中でもとりわけ政治や軍事に深く結びついた貴族を狙っている印象がある。僕やペルシャは一番危なそうだ。エベレストの家――アルトチェッロ家は僕たちとは若干旗色の異なる家柄だから、クインタスのターゲットになりそうではないが、アヴェイラム派である以上、親が娘の心配をするのは当たり前のこと。無理強いはできない。
「――ですが、学内の活動だけでしたらわたくしも携わらせていただきますわ。懺悔球には徹底的に抗議いたしますわ!」
「いいのか?」
「はい。とある男子が懺悔モードになったのですが、あれは本当に恐ろしいですわ……。普段はとても威張ってらっしゃるのに、そのすべてが見せかけのものだとクラスメイト全員にバレてしまいましたの」
かわいそうに。他人事だと笑えない。
いつも外側を取り繕って余裕ぶってる僕も、懺悔モードで醜態を晒す自身がある。澄ました顔をしているのに、数秒おきに肌の色が赤と青を往復する。普段取り繕っているだけで、本当は小さなことで動揺するのが丸わかりになるだろう。とんでもない屈辱だ。
「あたしも参加するよ。でもその代わり、アヴェイラム君たちも演劇に参加してよね」
エリィが言った。
正直演劇などやる気は起きないが、エリィに入ってもらわないとエベレストも抜けると言い出しそうだ。
「いいだろう。こう見えて演技は得意なんだ」
「悪役とか似合いそうだもんね」
エリィの言葉にヴァンが笑った。笑いたければ笑えばいい。悪役が似合うというのは才能なんだ。
「さて、これで一応はこの場にいる全員が初期メンバーとして名を連ねることに決まった。活動方針でも話し合おうか――なんだ、サルトル」
エリィが手を上げた。
「商品を売るには、品質の前にブランド名が大事なんだよね。だから先にクラブの名前を決めようよ」
「新進気鋭のサルトルの娘が言うのならそうなのだろう。何かアイデアは?」
「うーん、そうだなあ。うちみたいにファミリーネームをそのまま使って『アヴェイラム』とか?」
「……家の名は使わないでおこう」
僕が勝手にやることだからアヴェイラムの名を使って、家と関係があると思われるのは都合が悪い。
しかし、どんな名がいいだろうか。オリジナリティは出したいけど、あまり奇を
面倒だな。そもそも僕は、いい感じの名前をつけるのって、あんまり得意じゃない。
「アルティーリア学園だから、アルティーリアを入れるのはどうだろう?」
ヴァンが提案した。
学園の名もそうだが、この都市の名自体がアルティーリアだから、活動場所が広がっていくことを見越せばいいネーミングだ。
「それでは学園の代表のように思われるのではなくて? わたくしは嫌ですわ」
エベレストが即座に反対する。たしかにそうだな。僕もよくないと思っていた。
「……それじゃあアルトチェッロさんは何かいい意見があるのかい?」
ヴァンが不満そうに聞き返す。
「そうですわね――
エベレストが得意げに言った。
実際僕らは一番身分の低いエリィを含めて、全員一般市民より上の階級だ。貴人クラブか。聞けば自然と見上げてしまうような名だ。悪くないんじゃないか?
「ルカちゃん……。そんな偉そうな名前じゃあ、一般生徒の反感を買っちゃうよ?」
エリィが呆れたように苦言を呈した。
やはりか。僕もよくないと思っていた。
「偉そうだからよいのではありませんか。ペルシャもそう思いますわよね?」
「会員として恥ずかしくない名前なら私はなんでも構いませんが、そうですね――ここはやはり、
ペルシャが遠回しにエベレストの意見を否定した。
ペルシャめ。自分の意見を言う順番をちゃっかり受け流して、僕に
「ふむ。この議題はなかなか難航している。サークル名決めはまた後日に――」
「ロイ様。あなたが面倒なことを先送りにする性格だと、私はすでに気づいておりますよ」
隣に座るペルシャが小声で僕に耳打ちをした。
とそのとき、部屋の中を緩やかに流れていたピアノの旋律が、力強さを増して耳に入ってきた。マッシュを見ると、なにやら満足気にうなづき、独り言をこぼす。
「うーん。やっぱり音の境界が捉えにくいなあ。逆にぼやけた感じを活かすとか?」
マイペースな子だ。
紙に黒鉛でせっせと何かを書いている。有名な楽曲を弾いているのかと思っていたが、作曲をしているのだろうか。彼はこの頃、真剣にそっち方面の勉強をしているらしい。
「音の境界か。いい響きだな――よし、サークル名は『境界』にしよう」
いろいろと煩わしくなり、僕はマッシュがつぶやいた言葉の語感を頼ることにした。
「『境界』ですか。さすがに決め方が安直すぎませんか?」
横に座るペルシャが、じっとりとした目を向けてくる。
「いや、ほら、我が国グラニカ王国は人間領の最西端に位置する島国だろう? つまりは人間領と魔人領の境界なんだ。境界の守護者として魔人の侵略を許さないという深い意味を感じないか? 決していい加減に決めたのではない」
咄嗟に思いついた設定は、意外としっくりきた。しかし、ペルシャはなおも疑わしげに目を細める。
「なるほど。それは目的に
「そうか。ならば『境界』の前後に適当に何かつけよう」
「適当って。なら、それこそ今ロイが言った『境界の守護者』でいいんじゃないか?」
ヴァンが壁から背中を離し、話に入ってきた。
「それはさすがに安直すぎるだろう。安っぽさも感じる」
「そうですね。時代遅れの脳筋が考えそうな名前です」
僕とペルシャにすげなく一蹴され、ヴァンは複雑な顔をして何か言い返そうと口を動かしていたが、やがて諦め、再び壁にもたれかかった。数的優位で一人を追い詰めるのは楽しい。相手がヴァンならなおさらだ。僕はペルシャと顔を見合わせ、勝利を分かち合うように拳をぶつけ合った。
「そう言う二人には、きっと素晴らしい候補があるんだろうな?」
ヴァンが戦いに無様に敗れた小悪党のような捨て台詞を吐いた。声も若干震えている気がする。
「『境界の演劇団』にしよう」
「演劇団をつけ足しただけじゃないか!」
「単純な方が覚えやすいだろう」
「そうですね。無駄に気取りすぎていないところがよいと思います。みなさんはどうです?」
ペルシャが賛同する。
「いいんじゃない?」
「そうですわね。案外単純な方が高貴な感じがして、よいと思いますわ」
エリィとエベレストが続けて賛成する。マッシュは――たぶん反対しないだろう。最後にヴァンに目を向ける。
「まあ……いいんじゃないか?」
渋々といった様子でヴァンが賛成し、僕たちのグループ名は決定した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます