第13話
聞いたところによると、エベレストの誕生日会に参加してくれた生徒の多くが、アヴェイラム陣営を好意的に見ているらしい。
エベレストとエリィ・サルトルの口論というトラブルはあったものの、総合すればパーティは成功したと言っても良いだろう。
参加した彼女らがエベレストの良い噂を広めていってくれれば、スペルビア陣営に追いつくこともできるかもしれない。
現時点では平民代表のジェラール・ヴィンデミアだけが大きく後れを取っていて、ほとんど僕とヴァンの一騎討ちに近い状態だが、ヴァンがまだまだ優勢と見ている。
ジェラール君はここからの逆転は無理だろうから、僕はヴァンを打倒することに集中しなければならない。
今日は冬休み前の最後の登校日だ。
冬休みも規則正しく過ごしましょう、というだけの内容を数十分間にわたってうすーく引き伸ばして伝える、非常に有意義な式典も終わった。
広間の後ろの方にいる生徒は、登壇者の声量によっては肉声など聞き取れないから、本当に退屈な時間だろう。
真ん中あたりのこの位置でも聞こえづらい。
クリアに聞こえたところで楽しい時間に変わるとは思えないが……。
式と同時に選挙管理委員会によって実施される中間投票があるが、僕を含む多くの生徒にとってはそちらがメインイベントだ。
生徒たちは式に向かう前に教室で紙を配られ、それに候補者の名前を記入し、広間に入場する際に投票箱に投函する。
結果は、選挙管理委員が身を粉にして集計し、今日中に開示される。
冬休みが明ければ、1ヶ月弱で選挙だ。
今日の結果をふまえて、各陣営はラストスパートをかけることになる。
教室で担任のミリア先生から休み前の諸連絡を受けながら、この後に掲示板に掲載される中間結果について思いを寄せた。
放課後、ペルシャ、エベレスト、マッシュを引き連れて、石畳の幅広の廊下を歩く。
中央を横一列で並んで歩く僕らを、すれ違う生徒たちが端に避けていく。
大食堂のすぐそばにある掲示板にたどり着くと、ヴァンやエリィたちの姿があった。
彼らもこちらに気づき、横一列になって僕らと対面する。
「これはこれは、スペルビア陣営のみなさん。そろってのお出迎えとは――身に余る光栄」
僕は正面のヴァンに向かって、大人げなく皮肉を言った。
まあ、僕は子どもだけど。
「ロイ。遅かったな。負けを見るのが嫌で逃げたかと思ったよ」
ヴァンは掲示板に貼られている紙の方向に顎をしゃくり、言った。
ヴァン・スペルビア 168票
ロイ・アヴェイラム 160票
ジェラール・ヴィンデミア 47票
有効投票数 375票
8票差か。
あわよくば逆転、と期待したがそううまくはいかない。
でも夏休み明けに投票があったらおそらくダブルスコアになっていただろうから、よくここまで追いすがることができたと自分を褒めてもいいくらいだ。
そして、このくらいの差なら冬休み明けで十分追い越せる。
平民票はほとんどヴァンに吸収されていると思っていたけど、ジェラールが意外と持ちこたえているのは嬉しい誤算だ。
貴族票頼りの僕としては、ジェラールが頑張るほど有利になる。
なんならヴァンから奪い返してくれ。
「そんな程度の低い煽りをするなんて、普段の貴様らしくないな。予想外に追い上げられて、焦っているとみえる」
「――それはロイ、君の方だろ。いつもよりよくしゃべるじゃないか」
「すまない。勝てる算段が立って饒舌になっていたようだ」
「勝つだって?」
「ああ。――今一度宣言しよう。ヴァン・スペルビア、僕は貴様に勝つよ」
ヴァンから目を逸らさず、僕は言い放った。
彼の瞳が一瞬揺れたような気がした。
「俺だって負けるつもりはない」
ヴァンはエリィたちを引き連れ、力強い足取りで僕たちが来た廊下を戻っていった。
ドアの開く音で、自分がうとうとしていたことに気づいた。
固まった身体を伸ばすと、意識が覚醒し、肌寒さを感じた。
部屋の中は闇に包まれていて、気づかぬ間に夜が訪れていたことを悟る。
エルサの書斎で書物を読み漁っていたら、いつの間にか寝てしまっていたらしい。
こんな寒い中、冷たい床の上に座ってうたたねしていては、風邪をひいてしまうな。
ドアを開けて部屋に入ってきた人影――おそらくエルサだ――が暗闇の中動くのをぼんやりと見る。
どうやら、僕がいることには気づいていないようだ。
「――エルサさん?」
「わっ――なんだロイじゃない。脅かさないでよ」
人影――やはりエルサだった――が飛び跳ねた。
取り繕うように言った彼女の口調からは非難の色がうかがえる。
「いえ、今の今まで
「ええ。研究者は忙しいの。国のお抱えともなると、特にね」
エルサは机まで歩いていき、何かを手に取った。
彼女の手元から火花が散り、マッチに火をつけようとしているのがわかった。
擦るだけで火がつくなんて、便利な着火道具だ。
彼女は何度かの試行で着火に成功し、机の上の二つの蝋燭に火を灯し、腕を振ってマッチの火を消した。
「これからまた仕事ですか?」
「そのつもりだけど――なにか話でもあるわけ?」
エルサは
動作からは疲れが滲み出ている。
「あー、そうですね。それじゃあ杖の話でも」
「杖?」
「はい。イライジャ・ゴールドシュタインの本を読んでいたら、魔法の杖について詳しく書かれてあったので興味が湧いたんですよ。アルティーリア学園に入学する前の魔力検査で初めて触ると聞いたんですが――三年も先じゃあ待ち切れなくて」
僕は不満を訴えるように肩をすくめた。
「それは、遠回しに、私に杖を貸してほしいって言っているのかしら」
「そう、なりますね」
「あのさ……。それ犯罪だって知ってる?」
エルサが呆れたように言った。
「えっ、そうなんですか?」
驚く僕に、エルサは言葉を失った。
蝋燭の光に照らされ、エルサの顔に影が揺れる。
「――学園じゃなくて親があらかじめ教えておくのが普通、なんでしょうね」
それは僕に対しての言葉というより、思わずこぼれたひとりごとのようで、すぐに暗闇に吸い込まれて消えていった。
彼女の表情からなんらかの感情を読み取るのには、この部屋の明るさは心もとなかった。
余計な考えを追い払うように、エルサは頭を振る。
「杖を扱うには、国に認められた教育機関で魔法学の修了認定を受ける必要があるの。通常は六年間。アルティーリア学園なら、六年間通って真面目に授業を受けていればだいたい認められるわ。そのとき初めて魔法使いを名乗れるようになる」
「ということは、エルサさんは魔法使いだけど、兄はまだ魔法使いではないということですか?」
「そうそう。エドワードが学園を修了すれば晴れて魔法使いってわけ。学園では魔法の授業で杖が貸し出されるけど、あれは学園だから特別に許可されているだけで、学園の外で魔法使い以外が杖を使うのはダメ。仮に私があなたに杖を貸したら、私が捕まるわ」
「そう、ですか。――ん? それじゃあ杖を使わない魔法はどうなるんですか? 身体強化やその他の自然魔法は?」
「それは大丈夫。禁止されているのはあくまで非魔法使いの杖の所持や非魔法使いへの杖の譲渡だから」
杖を貸してもらえないのは残念だが、仕方ない。
子どもが自由に高火力の武器を持てる環境があるなら、それは社会が間違っているだろう。
会話が途切れ、思い出したように肌寒さを感じた。
思えば、エルサとこれだけ話したのは、夏休みにベルナッシュにある本邸へ行く馬車の中以来か。
相変わらず親子らしくない会話だ。
魔法学関連以外の話になると、お互いとんと無口になる。
これ以上彼女の仕事の邪魔をするのも悪いと思い、僕は腰を上げた。
「それでは、僕はもう休みます」
「ええ」
「おやすみなさい――あー、その、仕事も大事だと思いますけど、お身体には十分お気をつけて」
「え? あ、そ、そうね。そうするわ――おやすみなさい」
部屋にぎこちなさを残し、僕は真っ暗な廊下へと足を踏み出した。
二週間程度の冬休みはあっという間に過ぎ、また学校が始まった。
平民代表のジェラール・ヴィンデミアが選挙を辞退しスペルビア陣営に
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