第11話


 ヴァンと別れた僕は、ペルシャたちのもとへ行くことにした。

 相変わらず高学年の女子生徒に囲まれていて話しかけづらかったが、アヴェイラム派閥の代表として、いつまでも壁のシミに甘んじているわけにもいかない。

 僕は顔に薄く笑顔を張り付けた。



「楽しんでいらっしゃいますか、先輩方」



「あ、アヴェイラム様」



「ご、ごきげんよう、アヴェイラム様」



「ええ、ええ。それはもう楽しませていただいております」



 なんか空気が悪くないですか?

 僕のせいですかね。

 そうですよね。



「それはなによりです」



「ロイさま、どこ行ってたんですかあ?」



 緊張感のない声色でマッシュが僕に問いかけた。



「ああ、スペルビアと話を少しな」



「なんでスペルビアなんかと!」



「こちらが招待したんだ。もてなしてやるのは当然だろう?」



 マッシュは納得のいかない顔で、ぶつぶつと文句を垂れる。



「それで、何の話をしていたんだ?」



 僕はペルシャに尋ねた。

 すると、取り囲む数人の女子生徒たちが居心地悪そうにもぞもぞと動く。



「ロイ様の話をしておりました」



「僕の?」



「はい。こちらの方々は、ロイ様が前期の試験で1位になられたことや運動会での活躍を目の当たりにして、関心を寄せていらっしゃるようです」



 真ん中に立っている、薄緑色のドレスを着た先輩に目を向けた。

 僕よりも背が高く、少し見上げる形になる。



「そうなのですか?」



「あ、いえ、は、はい。アヴェイラム様とスペルビア様がご活躍された障害物競争は、私を含め、多くの生徒が心を躍らせました」



「ああ、僕が負けたあの戦いですか」



「そ、そ、それは……」



「いえ、軽い冗談ですよ。ありがとうございます」



 上の立場であることを利用して冗談か本気か判断のつかないことを言うのは楽しい。

 される側はたまったものではないけど。

 他人が嫌がることはしてはいけない。



「アヴェイラム様とチェントルム様が金と銀の記章を付けて歩く姿が、本当に素敵で……」



「わたし、食堂前の戴冠たいかん式、その場で見てました!」



 お姉さま方が勢いづき、圧が増す。



 戴冠式?

 夏休み直前にあったテストの結果発表のときに、ペルシャから僕へバッジを受け渡すパフォーマンスを行なったけど、あれにそんな大層な名前が付けられているのか。

 本当の名が『名声ロンダリング作戦』だと教えてやれば微妙な顔をされるに違いない。



「ねえ、ロイさまやペルシャばっかりじゃなくて、ボクのことは?」



 マッシュが口を尖らせた。



「マッシュ君はかわいいよ。安心してね」



 先輩たちはマッシュの頭を撫でた。

 マッシュはこの人たちにもマッシュって呼ばれてるんだな。



 選挙活動の人脈づくりをペルシャたちに丸投げしている僕は、これが支持者とのファーストコンタクトとなるけど、思ったよりも和やかに進んだな。

 腫れ物に触るような扱いにならずに済んでよかった。

 ……若干なってたか?



 頃合いを見計らってペルシャとマッシュは場を離れた。



 二人がいなくなってからも、その他多くの生徒と問題なく言葉を交わすことができた。

 それだけでもこのパーティは成功と言えるかもしれない。



 ――ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン



 赤いカーペットの階段のそばに置かれた大きな振り子時計が、鐘を5度打ち鳴らした。

 時計のそばに置かれたグランドピアノとその前に座るマッシュの姿が目に入る。

 鐘の音の残響が消えると、静かにゆったりと曲が始まった。

 マッシュがこれほど美しく繊細な音を奏でることができるとは、普段の彼からは想像ができない。



「まあ、マッシュ君が弾いてるのね。突然いなくなってしまったのは、この準備のためだったのですね。アヴェイラム様はご存知だったのですか?」



「はい。彼がピアノを弾けば盛り上がるだろうと思ったので、僕が一曲お願いしたんですよ――おっと、あれはなんでしょう」



 僕は階段の上に目を向けた。

 その視線に釣られて、僕たちと話をしていた女子生徒たちも同じくそちらを向く。



 階段を上ったところに、ペルシャとエベレストが立っていた。

 二人の姿を見て、見目の良さというものは正義だと確信した。

 前世の記憶にある、世界的なセレブリティの家族写真に写っている可愛らしい子どもたちのようだ。



 彼らは階段をゆっくりと下り始めた。

 エベレストは、先ほどまでとは異なり、淡いピンク色のドレスを着ている。

 窓から差し込む夕日に包まれ、まるでそのオレンジ色を吸収して発光しているようだった。



 ペルシャにエスコートされ、階段の下まで降り立ったその愛らしい少女は、その場で優雅にカーテシーを披露した。

 彼女が姿勢を正すと、拍手の雨が降り注いだ。

 そこかしこで、興奮で浮ついたような声が発せられる。



 今日の目的はエベレストのファッションリーダーとしての立場を確立することだ。

 それを為すのに、最初の登場イベントだけではインパクトが弱いと思っていた。

 そこで僕が企画したのが、ファッションショーらしさをもう少し加えるために『お色直し』を取り入れた晩餐会だった。

 『お色直し』とは、地球の特定の国や地域で行われていた、結婚披露宴における慣習だ。

 花嫁が途中で一度退席し、別のドレスに着替えて戻ってくる。

 その伝統の詳しい意味合いは知らないが、盛り上がることは知っていた。



 ドレスを着替えることなど誰も想像していないところに、衣装替えをしたエベレストが登場する。

 始まってから時間が経って中だるみしかけていたパーティが、このサプライズイベントによって一気に引き締まり、盛り上がりを見せる。

 さらに、夕暮れ時の視覚効果を使って神秘性を演出することで、純粋で騙されやすい子どもたちをエベレストに心酔させる。

 我ながら素晴らしい作戦だ。

 作戦の成功に思わずにやけてしまい、僕は片手で口元を隠した。



 階段から下りてきてしばらく経っても、エベレストの周りには女子生徒が興奮気味にたかっていた。

 ペルシャがその群れから体を横向きにしながら、なんとか抜け出してくる。

 彼は僕のところまで来ると、口の端を上げて言った。



「ロイ様の計画通りでございます。これでスペルビア派閥の生徒も何人か寝返ってくれれば上出来なのですが」



 ペルシャ。

 悪い顔になっているぞ。



「ああ、そうだな。今日はぐっすり眠れそうだ」



 給仕が近くを通りかかったから、僕はグラスを二つ手に取り、片方をペルシャに渡した。



「ありがとうございます。――それでは、乾杯、ですね?」



「そうだな。エベレストに乾杯」



「乾杯」



「くくく」



「ふふ」



「あのさあ。二人とも、ちょっと気持ちわるいよ?」



 ペルシャと喜びを分かち合っていると、どこからともなく現れたマッシュに水を差された。

 仲間外れにされて寂しいのかもしれない。



「マッシュも乾杯するか?」



「うーん。なんかいやだなあ」



「まあまあ。せっかくですから、マッシュも乾杯しましょう」



「えー。ボクはいいや。もう一回ピアノ弾いてくる」



 マッシュはそう言って、来てすぐに去っていった。

 自由な少年である。



 そのとき、パリンっと何かが割れる音が響いた。



 音の発生源に目を向けると、エベレストと――エリィ・サルトルが対峙しているのが見えた。

 床にはグラスの破片が飛び散っている。

 周りの生徒たちはそれを避けるように、離れて動向を見守っていた。



 何かトラブルが起きたようだ。

 パーティは、このまま無事に幕を下ろさせてはくれないらしい。

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