第7話


 授業が終わるごとに3人の取り巻きたちにつきまとわれ、他のクラスメイトと話す機会がいっこうに訪れない。

 やはりこの3人と向き合う必要があるな。

 運動の授業のときは本当は運動したいのにこの子らと一緒にサボってしまった。

 無念。



 今日最後の4コマ目の授業が終わり、帰りの会が始まった。

 ミリア先生は諸々の連絡を淡々伝え、会を進行していく。



「最後に、最近魔物が街中に出没しているので、気をつけて帰るように」







 帰りの会が終わると、3人はまた僕のもとへ集まってきた。

 僕はまったく会話に参加していないのに何故僕のもとに集まってくるのだろう。

 親にアヴェイラムと仲良くするようにとでも言われているのだろうか。

 それか僕を餌付けするのが楽しいのか。

 そういえば朝は我慢してたのに結局マッシュルーム君の提供するクッキーに手をつけている自分に気づく。

 運動の授業もサボってしまったのに……

 朝のあのつらいランニングはなんだったのか。



「ロイ様、どうされました? お菓子にほとんど手を付けていないようですが。お加減がよろしくないのでしょうか」



 え、金髪君の僕に対する認識ってそんな感じなの?

 ずっと無言だった僕には何も言わなかったのに、お菓子を取るスピードを落としたらすぐに僕の様子がおかしいことに気づくなんて。



「そうなんですよねぇ。ボクも朝から思ってたんだけど、2年生のときよりもゴーカイさが足りない気がします。やっぱりロイ様も平民どもが多すぎて息がつまるのかなあ」



 マッシュルーム君まで。

 確かに、いつもはもっと口に食べかすたっぷりつけてたけど……。



「あら、わたくしはあなたの持ってくるお菓子の質が落ちたのかと思いましたわ。実はわたくしの家では新しい菓子職人を雇いましたの。王都アルティーリアでも有数のぱてぃしえだとお母様はおっしゃっていたわ。今度作らせて学園に持ってきて差し上げましょう」



 この子は生粋のマウンターって感じだな。

 今日一日話を聞いてて、何かにつけて他人にマウントを取っていた。



「うるさいなあ。君っていっつも家の自慢ばっかだよね」



 そしてマッシュ君は口が悪い。



「自慢ではありませんわ。事実を言っているだけですもの。ちなみにわたくしの家では、料理人も王都さいこーほーの人材をそろえておりますの。今年も同じクラスになれた記念に、近々皆様をディナーに招待いたしますわ」



「ほら、またそうやって」



 マッシュ君と黒髪お嬢様はすぐ喧嘩するんだよな。

 意外と聞いてて飽きないけど。

 そろそろ、金髪君が止めにくる頃だ。



「まあまあ、お二人とも。そんな大声を出したらロイ様のお体の調子がますます悪化してしまいますよ」



「だってコイツがさあ」



「コイツとはなんですの? わたくしはただお話をしていただけですのに、あなたがつっかかってきたのではありませんか。本当に子どもなんですから。おとなのわたくしと違って」



 それにしてもマウントがすごい。

 前世の記憶を持つ僕や、年齢の割に大人びている金髪君はスルーできてるけど、普通の小学生ならキレてもしょうがないね。

 山の天辺から見下ろされている気分だ。

 彼女がいる位置は富士山の頂上、いやそれどころか――



「――エベレスト」



 思わず声に出してしまう。

 終始無言だった僕が突然言葉を発したからか、3人は顔をこちらに向け、ポカーンと口を半開きにした状態で停止した。



「君のことさ、エベレストと呼んでもいいか?」



 なんとなく話の勢いで妙なことを口走ってしまった。

 しかし、意外と悪くない気もしてきた。



「え、えべる、えべ、ええと……。ろ、ロイさま、わたくし、それがどういった意味の言葉なのか、さっぱり見当がつきませんわ」



「うむ、そうだな……。前に読んだ外国の物語に登場する、世界一高い山の名前がエベレストなんだ。君にぴったりだと思うんだが、どうだ?」



 もうゴリ押すしかない。

 小学生はあだ名が大好きだから勝算はある。



「そうですわね……。えべれすと……えべれすと。悪くないひびきですわ。それに名前の由来もとってもステキ! わたくしにふさわしい気がいたします!」



 勝った。

 エベレストちゃんは高いところが好きそうだし、行けると思ったんだ。



「おい、お前だけずるいぞ! ロイさま、ボクにも何かあだ名をつけてください!」



「君はマッシュだ」



「ま、まっしゅ? それはどういう意味なんですか!?」



 きのこのことだよ。

 きのこはどこにでも生えてきて、繁殖力がヤバイんだ。

 高級食材として好まれる種がある一方、毒を持っている種もあって、素人が自然に生えているものを口にするのはすごく危険だよ。

 でもマッシュルームは食べられるよ。

 ビーフシチューに入ってるととっても美味しいんだ。

 単体で食べても全然美味しくないけどね。



「その異国の物語の中で、マッシュとマッシュの仲間たちは世界中に住処を持つほどのがあった。各地で人々に、ときに有り難がられ、またあるときは、大変恐れられる存在でもあった。君にぴったりだと思うんだが、どうだ?」



「す、すごい! たしかにボクにぴったりのあだ名です!」



 おお、なんだか楽しくなってきたな。

 僕ってもしかして、あだ名を考える天才なのでは?

 金髪君にも何かつけてあげないと。



「それじゃあ、最後に君にもあだ名を授けよう」



「わ、私ですか? い、いえ私は遠慮し――」



「そうですわ! ロイさまなら、きっとあなたにもステキなお名前を授けてくださるに違いありません!」



 そうだぞ、金髪君。

 さすがエベレストは見る目がある。

 高いところにいて世界中を見下ろせるだけあるな。



「わ、わかりました。では、謹んで、頂戴いたします」



 金髪君かあ。

 彼はきっとすごく頭が良い。

 話し方もとても小学生とは思えないし、丁寧な話し方なんて僕より遥かに上手だ。

 でもこういうキャラって創作だと大抵腹黒なんだよね。

 慇懃無礼で行間に嫌味を乗せてくる感じ。

 実際平民を遠回しに貶したり、マッシュとエベレストを誘導して平民ヘイトスピーチをさせたり、今日一日でその片鱗はすでに感じた。



 僕が前世でずっと思ってたことだけど、猫は絶対に腹黒だ。

 あいつらは「私たち、か弱き無垢なる存在ですう」なんて顔しながら嫌がらせをしてきて、「え、私何か悪いことしました?」なんて顔しながら去っていくんだ。

 そして僕が猫の中でも一番腹黒だと思う種が――



「ペルシャ。君はペルシャだな」



「ペルシャ、ですか。それで、いったいそれはどういった意味なのでしょう?」



 ペルシャの由来はなんと説明しようか。

 猫種の中でも人気の類だけど、動物の種類だと教えられて嬉しくはならないだろうし。

 地理的アプローチでいくか。

 ペルシャ湾らへんは石油の産出量がすごいって社会の授業で習った覚えがある。



「これもまたさっきの異国の物語からなんだが、ペルシャとはその世界における力の源だ。そうだな……魔力が無限に湧いてくる土地といったところか。君にぴったりだと思うんだが、どうだ?」



 厳密に言えば、魔力ではなくて魔素が湧いてくると言った方が正しいんだが、イライジャ師匠由来の知識は通じるかわからない。

 おっと、学問を理解わかっている大学生的なムーブはよくないな。

 専門的にはこっちの言い方が正しいんだけど、一般人の君たちには通じないからなあ、ってね。

 まだまだ魔法学初学者なのに!

 ひよっこはひよっこらしく、謙虚でいるべきだろ。

 なあ、ペルシャ!



「……そう、ですね。想像していたよりもずっと良き名でございます。以後、ペルシャとお呼びください」


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