第4話



「「「お帰りなさいませ。ロイ様」」」



 家に着くと、玄関でメイドたちが盛大に出迎えてくれた。

 見慣れた光景だが、もやもやする。

 前世の記憶が混ざってどこか違和感を覚えるのだ。




「ただいま」




 それだけ言って、さっさと自分の部屋へ向かった。

 とても恥ずかしかった。

 詳しく覚えてはいないけど、前世のどこかの国の文化のせいだと思う。

 その国の一部の人間はメイドをよこしまな目で見ていた。

 こっちではメイドなんて全然珍しくないのに。

 これはこの世界では普通のことなんだと自分に言い聞かせた。



 いやでも、僕のときだけはあの出迎えはやめるようにあとで言っておこう。

 無意味に仰々しすぎるだろ。



 それにしても学園に誰も送り迎えをしないのにこういうところはしっかりするんだな。

 なんでだろ。

 僕が親に、「このメイドたち、送り迎えサボってます!」って言ったらどうするんだろう。



 あ、違うな。

 思い出した。

 2年生のときに僕が送り迎えはいらないって言ったんだ。

 すっかり忘れてた。






 あれは1年前のちょうど今頃の出来事だった。

 学園に向かう馬車の中、車窓から見える花に興味が湧いたんだ。

 いつもなら無言を貫いて過ごす通学だが、その日は何故か子供らしく、隣に座る僕付きのメイドに無邪気に質問をしたのだった。



「あの花って何?」



 メイドは一瞬驚いたように目を見開いて答えてくれた。



「あれはドルチでございます」



「ふーん。どんな花?」



「……そうですね。私ども市民の間では、子供に人気の花でございます」



 会話はそこで終わったから、なんで子供に人気なのかはわからなかったが、僕は無性むしょうにそのドルチという花が気になった。

 だから僕はその日の学校帰り、馬車の前で「ひとりで帰るから」と一方的に告げて背を向けたんだ。

 初めは引き止めようとするメイドや御者だったが、「言うことを聞かないならこの場の全員クビにしてやる」と言えばすぐに引き下がった。



 道順は覚えていたし、学園は家からそれほど離れてもいないから、子どもでも歩いて帰れる。

 でも僕は歩くことに慣れていなかったからか、少し歩くと疲れてしまった。

 なんとかその日の朝に見たドルチが咲いている場所までたどり着いて、近くの地面に腰を下ろした。

 そして僕は、まるでそうするのが当然のように、ドルチの花を摘み、裏っ返してすすった。

 甘かった。

 子供に人気の理由はこれだったんだと理解したが、実はずっと前からそれを知っていたような、不思議な感覚に陥った。

 今になれば、あれはおそらく記憶のカケラだったのだと思うが、あのときは思い出せそうで思い出せない何かに、なんとももどかしい気持ちになったものだ。



 あの日以降、行き帰りの時間は僕だけのものになった。






 つまり、使用人が僕の送り迎えをしないのは、完全に僕のせいだったな。

 濡れ衣を着せかけた僕を許してほしい。



 しかし、僕が忘れているだけで、前世の記憶に影響された行動を他にもとったことはあるのだろうか。

 デジャブに似た、けれどそれよりももっとリアルで強烈なあの感覚は、一回だけではなかった。

 あれ以外にも何度かあった気はする。

 結局全てを思い出したのは今日だが、ひょっとしたらドルチの日がエックスデイとなっていたかもしれないし、それよりももっと前に思い出していた可能性もある。

 ただ、逆にずっと思い出せず、死ぬ間際に思い出すとかじゃなくてよかった。

 それがたぶん一番後悔が大きい。

 きっと死ぬほど辛い思いをしながら死んでいくんだろうな。



 よし、せっかく思い出せたんだから、後悔をあんまりしないように今後の方針を大まかに決めよう。

 魔法の勉強や練習など、魔法関連は当然多くの時間を割きたい。

 しかし、基礎体力の向上も必要だ。

 ダイエットとも言う。

 魔法6割、基礎体力2割と言ったところかな。

 残りの2割はフレキシブルに、何かしらやることはあるだろう。



 基礎体力の方はとりあえずランニングだな。

 魔法の練習の方は、魔法の入門書みたいなやつを参考にしてやろう。

 この屋敷には図書室がある。

 さすが公爵家のタウンハウスなだけはある。

 そこにいけばきっと役立つ本が見つかるはずだ。






 図書室に来ると、紙とインクのにおいを強く感じた。

 この部屋に入ったのは初めてだ。

 今までの僕には無縁の場所だった。



 魔法関連の書物を探してみると魔法入門と羊皮紙でラベル付されてあるところに、一冊だけ本があった。

 この一冊のためだけにわざわざコーナーを設けているのはやや不自然に感じるが、入門書とそれ以外を分けるのは前世でも普通だった。



 『40歳から始める健康魔法』。



 いやいや、これが入門書なわけあるか。

 40歳って書いてあるけど。

 健康魔法の入門書ではあるかもしれないけど、魔法学入門のコーナーに堂々と置いてあるのは間違ってるだろ。

 それともアヴェイラム家は代々これを読んで魔法学に入門したとでも言うのか。

 兄のエドワードや父のルーカスがこの本で魔法を学んでいるのを想像すると、そのシュールさに思わず口元が緩んだ。



 一応借りて読んでみるくらいはするかな。

 見た感じ、これ以外入門書は見当たらないし。

 もしかしたら40歳からでもできるほど易しい内容になっているのかもしれないし、アヴェイラム家の図書室の魔法入門コーナーにあるのだから、何らかの特別な理由があってもおかしくない。



 家族の中に借りた本を借りた場所に返さない横着な人物がいる可能性は否めないけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る