第2話


 目を覚ますと知らないところにいた。

 状況から考えて、学校の医務室だろうか。

 さっきは突然のことで混乱していたが、今は頭の中で状況をしっかりと整理することができた。

 つまり僕は転生者というわけだ。

 熱心な信者ではなかったはずだが、仏教にそういう概念があったのを覚えている。

 輪廻転生。

 悪くない響きだ。

 ロマンがある。



 創作物にも確かそういう題材のものがたくさんあったと思う。

 ファンタジー系のものだったり、現実世界に則したものだったり。

 この世界はファンタジー系の作品に近いかもしれない。

 なんせ、魔法が存在する。

 魔法が存在する!!



 前世の人格はかすみがかっているように曖昧だけど、死ぬ直前、崖から落ちる車の中で、夢の半ばで死ぬことを悔いていたのは覚えている。

 真剣に打ち込めるものを見つけ、やっと軌道に乗り始めたところだったのに。

 科学技術の進んでいないこの世界ではそれももう叶わぬ夢だが、一つのことを極めたいという思いは今も残っている。

 死ぬ直前に抱いた、呪いのように強い願望だ。



 前世は便利な世の中で、なんでもできた。

 それゆえに、何もできなかった。

 やれることが多すぎて興味が分散してしまうからとか、完全なオリジナリティを生み出すのが昔と比べて難しくなったとか、いろいろ言い訳は思いつく。

 だが結局は全て自分の意志の弱さが自らの行動を阻んでいたんだ。

 そんな僕も、大学に入ってようやく熱中できるものを見つけた。

 死んだのはその矢先だ。

 今、前の世界に戻って人生の続きを始められるなら、いつかやろうと先延ばしにしていたアイディアたちを決して埋もれさせたままにはしておかないだろう。

 それらを掘り起こす機会は永遠に失われてしまったが、代償に今世での可能性が与えられた。

 神のおかげだか、シミュレーテッドリアリティのエラーだか知らないが、こんなチャンスをくれたことに感謝しよう。



 僕はまだ子供だから、知識も少なく、この世界について多くは知らない。

 だけどきっとここにも様々な分野があり、それぞれの最先端があり、その道のエキスパートたちがいることだろう。

 そして、その多くの分野では、まだまだ探究の余地は無限大なんだ。

 まるで広大で真っ青な大海原に小舟で漕ぎ出したかのような高揚感。

 そんな中、僕の直感は言っている。

 探究すべきは魔法であると。



 8歳にして僕の道は決まった。

 いや、僕が僕の意思で決めたんだ。

 やってやる。

 この人生、全てを魔法に懸けてもいいっ!



 …………。



 うーん、人生はさすがちょっと大きく出過ぎたかもな。

 何事にも向き不向きはあるだろうし、ダメだったときは他の道を探すのもありだろう。



 決意――というには若干甘さも入ってしまったが――を固めたところで、今の状況に目を向けようか。

 誰かにぶつかって、倒れて、おそらく今僕は学校の医務室にいる。



 前世の記憶というか、記録を思い出したのはぶつかった衝撃だろうけど、詳しいことはわからない。

 記憶を保存しておくには当然それ相応の脳のスペースがいるわけで、衝撃で突然ダウンロードされたとは考えにくい。

 人間には言語を理解するための機構が遺伝的に備わっているという話があるが、その発想を借りるのであれば、記憶が遺伝子に組み込まれていた、という考え方はできるかもしれない。

 僕という人間の設計図である遺伝子に従って、母の腹の中にいるときから今日までの間、前世の記憶を絶え間なく、しかし潜在的に形成し続けた。

 そして、今回の物理的な衝撃により顕在化した……とか?



 オカルトの域を出ない理論だな。

 前世ではあり得ないことでも、魔法が関わればまた違う結果が得られるだろうし、実際に僕の身に記憶が存在するのは確かなんだから、解明はできるはず。

 確か……だよね?

 ただし、前世の記憶を持っていると思い込んでいるだけの、ただの精神に異常をきたした子供である可能性は考慮しないものとする。



 この記憶の継承のメカニズムを解明するにも、別のもっと偉大な何かをするにも、まずはこの世界の魔法の法則について学ぶ必要がある。

 学校の図書館で初等理論は学べるかもしれない。

 実家が公爵家であるから、それを利用するのも良いだろう。

 学校ではまだ魔法関連の授業は受けてなかった気がする。

 授業あんまり真面目に聞いてなかったのが痛いな。



 8歳というと前世でいう小学3年生で、この国でも初等学校の3年目だ。

 学習が本格的になるのは、初等学校を卒業して、学園に入学する12歳から。

 小三くらいって神経系の発達が良くてスポーツなんかをするとぐんぐん上達する、いわゆるゴールデンエイジとかいう年齢だったような。

 ってことは発育・発達の観点で語るなら、この時期に記憶が手に入ったのは幸運だったかもしれない。

 ぶつかってくれた生徒に感謝しないと。

 あのときは全然余裕なかったから、相手の性別も学年もわからないんだよな。

 仕方ないから頭の中でなんとなくいい子そうな生徒を思い浮かべて適当に拝んでおくか。



 待てよ。

 幸運とはちょっと言い切れないかもしれない。

 考えてみれば僕って学年一の変人だ。

 お菓子食べてばっかだし、アヴェイラム公爵家の人間だから、たぶん周りからは怖がられている。

 なんでも我儘が通るせいで、今思えば無理目な要求を周りにしたこともあった。

 あと、高貴な生まれに反して学業はそんなに優秀じゃない。



 自分自身が平凡であると考えたことは前世を含めても一度もないけど、それは自身の能力に依るべきところだ。

 身分の高さはステータスのひとつではあるけど、中身が伴わないと全然偉くない。

 名実ともにってやつを実現しないと全てが無意味だ。

 偉い人になる道は険しいんだ。



 でも親は僕をちゃんと躾けるべきだったと思う。

 完全にネグレクトされてて、でも周りは勝手に敬ってくれて。

 そんなの増長するに決まってるじゃないか。

 子供なんだから。

 だけど僕の行動で傷ついた人がいるんだとしたら、しょうがないじゃ済まないよなあ。

 平民と聞けばその人物の内面も見ずに見下してきたし、使用人への感謝もしてないし。

 そこらへんは今後改善していくしかない。



 二十数年分のひとりの人生データを得た今も、周りをナチュラルに見下す癖は、うん直ってないな。

 この精神性は僕――というか今世の僕特有のものだし、階級制度に生きる人間としてある程度は持つべきものだ。

 見下すのは行き過ぎだけど、自分が上だという自覚は必要だとは思う。



 2年生までのクラスメイトにはかなり嫌なやつだと思われてるだろうなあ。

 友達にも……ん、友達はいないか。

 僕の家寄りの、いわゆるアヴェイラム派閥と呼ばれる貴族の子女が大体いつも僕の周りにいるけど、友達と呼べる子はひとりもいない。

 何もせずにオートで友達ができることで有名な夢の小学生時代なのに。



 時間はかかるだろうけど、信用を得ていくしかない。

 一度失った信用は取り戻すのは難しいと良く言うけれど、僕に関しては当てはまらないな。

 これまでの8年間で信用を失ったことなんて一度も無いからね。

 だって元より得てすらいないのだから。

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