第一章
第1話
あなたはみんなを導く立場なんだから。
そう母親に言われ続けて八年。お腹の中にいたころにも言われてたとしたら九年かもしれない。
進級してみんながクラス替えでそわそわと新しい教室に向かう中、俺は緊張してないフリをする。最近はそういうフリを続けてきたおかげか、本当に緊張しなくなってきて、今では自然とみんなのリーダーをやってるし、先生たちも当たり前みたいに俺にその役目を期待しているのがわかる。
俺はみんなみたいにクラス替えくらいじゃあ、はしゃいだりしないし、落ち着いてるんだ――なんて思っていたんだけど、いざ教室に入ったとき、後ろの方に苦手なやつがいるのが見えてドキリとした。
教室の入り口で立ち止まって、そいつを見ていると、後から来た子が俺の背中にぶつかってきたから、自分が少しの間固まっていたことに気づき、なんでもない顔でまた歩き始める。新しいクラスメートたちから声をかけられながら、俺は席に向かった。その間もずっとアイツのことが頭から離れない。
父さんが言うには、アイツの家はこの国で一、二を争うほどの影響力を持ってるらしい。そして、その争っている相手というのが俺の家だという。
叩いたり蹴ったりする喧嘩じゃなくて、議会というところで口喧嘩する政敵というやつだ。国の大事なことを決めるために喧嘩するなんて不思議だと思うけど、そういうものなんだって。
家同士の仲が悪いからと言って、俺がアイツから直接何かされたとかじゃないから、べつに俺自身は怖いと思ったことはないけど、父さんからいろいろ聞いているせいか、いつの間にか俺もアイツのことが苦手になっていた。
と言っても俺はちょっと苦手ってだけだ。
他の生徒たちはたぶん、ものすごく緊張してる。みんながそんなふうになってるのは、今日が三年生になって最初の日だから――ってだけじゃない。みんな、教室の後ろにいるアイツとその友人たちの方をちらちらと盗み見ている。
でも俺だってアイツのことばかり言えない立場だ。だって、早くも俺の周りには、同じ派閥の家の子たちが集まってきていて、関わりのない生徒からしたら、俺もアイツのように怖がられてるかもしれないから。
教室に生徒が増えて騒がしくなってきたところで、教師の制服を着た女の人が入ってきて、みんなが席についた。静かになり、彼女が自己紹介をした。このクラスの担任の先生で、名前はミリア・ロッシ。彼女はたしか平民だ。
平民の先生か。アイツと平民の先生というのはあまり良くない組み合わせなんじゃないか。
横目でアイツを見る。予想とは違って、アイツはつまらなそうに頬杖をついて先生の方を見ているだけで、先生のことをどう思っているのかはわからなかった。
先生は今日の予定について簡単に話をし、すぐに俺たちは始業式のために移動することになった。
知ってる先生や知らない先生が代わる代わる壇上に上がり、何か良いことのようなそうでもないような話をして、降りていく。その繰り返しをなんとなしに視界に入れながらぼうっとしていたら、少し後ろの方がざわざわとし始めた。なんだろうと思ってそっちを見ると、アイツが椅子から立ち上がっていて、式中なのに周りの目なんて全然気にならないみたいに、テクテクと真ん中の通路を歩き、壇上に向かっていった。
アイツの友人三人も続いて立ち上がって、二人は小走りでアイツに追いつき、残りの一人はやれやれと言った様子で、その少し後ろをゆったりと歩く。
先生たちは注意しない。壇上では校長が落ち着かない様子で話し続けているけど、生徒たちはみんな四人が気になっている。
一番前まで来るとアイツは立ち止まった。何を始めるのかと、みんながみんな、アイツの動きに注目している。
アイツは、友人の一人に声をかけた。声をかけられた男子はポケットから布袋を取り出し、中から何かを取り出した。
あれは――ビスケットだ。
アイツはそのビスケットを受け取って、そしてそれを――食べた! みんなが静かに見守る前で、ビスケットを食べた!
校長も話を中断し、困った顔で彼らを見ている。講堂中のみんなが見ている。だけどアイツは、そのまま何もなかったように前の扉まで行って、そのまま講堂を歩き去っていった。
ショックのあまり、今起こったことがなんなのかと考えていたら、いつのまにか司会の先生が式の終わりを告げていた。
ぞろぞろと列になって廊下を歩き、俺たちは教室に戻った。教室には、途中でいなくなった四人が先に帰っていて、おしゃべりをしていた。アイツはつまらなそうに頬杖をついていた。
新しいクラスの最初の日ということで、俺たちは自己紹介をした。アイツは興味ないのか机に突っ伏して寝ていたから順番を飛ばされていた。それが終わると解散になった。
教室に残って前からそこそこ仲の良かった生徒たちや席の近い子と話していると、他のクラスメイトたちも会話に入ってきて、けっこう大きなグループになる。
いい雰囲気のクラスだな――あの四人さえいなければ、だけど。
「剣が得意って本当?」
前の席の子に聞かれた。これまで何度も似たようなことを言われ、最近はうんざりしていた。うちが剣の家系で有名だからしょうがないんだろうけど、勉強ができないと言われているような気がするんだ。きっとそんなこと誰も思ってないんだろうけどさ。
「よく父上に教えてもらっているから下手ではないと思う。父上は厳しいけど、国で一番のお手本だからね」
俺がそう言うと、わあっと歓声が上がった。この反応には慣れている。父親が有名人だから、彼の話をするとみんな喜ぶんだ。少し恥ずかしいけど、でもやっぱり誇らしい。
新しいクラスメイトともだいぶ打ち解けて、そろそろ帰ろうかというときだった。ミリア先生が教室に入ってきて、慌てた様子で俺の席までやってきた。
先生が言うには、俺の迎えが来たらしい。母上が倒れたという知らせを持って。
俺は飛ぶように教室を出た。石のタイルが敷き詰められた廊下を、全速力で駆け抜ける。
曲がり角に差し掛かった。曲がるために少しだけ外にふくらみ、片足で地面を強く蹴った。
そのとき、角の向こうから一人の生徒が飛び出てきた!
だめだ、避けられない!
剣の訓練で鍛えられた動体視力が、お菓子を食べながら口の周りに食べかすをたっぷりつけて歩いてきた男子生徒をはっきりと認識する。
ゴンッと左肩に硬い衝撃。
「痛っ……」
いや、痛くない。でもタイミングや状況がすごく痛い。
なんでよりにもよってこの相手なんだ。うわさ通りなら、きっと何かいろいろと要求してくるに違いない。
いや、まずは謝らないと。ぶつかってしまった俺が悪いのだから。うじうじ考えても始まらないんだ。覚悟を決めよう。
「あれ? んー? なんかおかしい――のか?」
しかし、彼の反応は予想とは違った。てっきり文句が聞こえてくるものだと思っていた俺は拍子抜けした。それと同時に、相手を心配する気持ちが強くなる。
「大丈夫――ですか?」
聞いてみるが返事がない。そして次の瞬間、アイツは――ロイ・アヴェイラムは床に崩れ落ちたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます