第35話 鞄の中のカヤ

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「…………そうきたか」


 どうやら俺は未来視の能力に目覚めてしまったらしい。リリィは俺の想像通りのセリフを言い放ち、腕の中のエンジェルベアをぎゅっと抱き締めた。エンジェルベアは絞られるようにきゅ〜と鳴く。エンジェルベアってそんな鳴き声だったのか。


「ぱぱおねがい、ちゃんとおせわするから」


 力強いリリィの瞳を受け止めながら────俺の意識は一年前のあの日にタイムスリップしていた。


 ────ボロ布を纏い鎖で首を繋がれて、売り物になっていたリリィ。自分ひとりじゃ何も出来なかった…………いや、何もしようとしなかったあのリリィが、ペットの世話をすると俺を説得している。


 …………お世話される側だった、あのリリィが。


「おねがいぱぱ…………」


 リリィが潤んだ瞳で俺を見上げる。さっきまで親に意識を取られていたエンジェルベアまで、今はつぶらな瞳で俺を見ていた。

 …………お前、うちに来たいのか?


「…………カヤ。聞きたいことがあるんだが」

「? なによ」


 カヤは話しかけられると思っていなかったのか、眉をひそめて俺に視線を向ける。


「エンジェルベアって────飼えるのか?」

「…………うーん」


 俺の質問にカヤは唇を尖らせた。ひそめた眉はそのままに、視線を青空に向けて考え込む。しかしそうしていたのは少しの間で、答えが出たのか、それとも考えても仕方ないと気がついたのか、ゆっくりと口を開いた。


「飼えない…………事はないんじゃないかしら。ヴァイス、アンタどこに住んでるのよ」

「帝都だ」

「帝都ッ!? …………ごほん。そ、それなら大丈夫じゃないかしら。大きい庭とか…………あるんでしょ…………?」

「大きくはないが、まあ庭はあるな」


 ジークリンデに譲って貰ったあの家は高級住宅街に位置しているだけに、庭はそこまで大きい訳ではない。エンジェルベアは成長が遅いから暫くはあの広さでも問題ないと思うが、成体になったら完全にアウトだろうな。というか、そもそも外で買うには小屋を作らなければならない。その辺を加味すると室内飼いになりそうな気がするな。


 俺は腰を落として、リリィと目線を合わせた。


「リリィ、本当にお世話できるか? 生き物を育てるのは大変だぞ?」

「うん、りりーがんばる」


 リリィの瞳には希望が満ちていた。とは言えリリィはまだ生き物を飼う事の大変さを知らない。三日坊主にならなければいいんだが。


「…………分かった。今からそいつは俺達の家族だ」


 リリィに抱っこされているエンジェルベアの頭をそっと撫でると、もこもこした毛が指先をそっと押し返した。その手触りに────俺は自らの使命を思い出した。そうだ、俺はエンジェルベアの毛皮を取りに来たんだった。完全に忘れていた。


「ヴァイス、ちょっといいかしら」

「なんだ」


 ちょんちょん、と肩をつつかれ振り向くと、怪しい目をしたカヤが顔を近づけてくる。


「あの…………あのね。私、一応この子たちの保護者なの。だから────アンタの家でちゃんとエンジェルベアを飼えるのか、チェックさせて貰うわ。私を帝都に連れて行きなさい」


 そう言うカヤの顔は、我が子同然のエンジェルベアが引き取られていく事への寂寥感や不安など一切見えず、代わりに帝都暮らしを夢見る田舎者のような輝きに満ちていたのだが、それは俺には関係ない話。


「分かった。ただ、帝都の審査は厳しいから入れなくても文句言うなよ。あと、この死体は貰っていく」


 有無を言わせず俺はエンジェルベアの死体を魔法鞄に収納した。直に触れた感じでは死んでから少し時間が経っているようだった。そもそもこの見晴らしのいい草原で犯人の姿が見えないのだから当然か。一体誰が何のために命を奪ったのか、気にならないと言えば嘘になるがそれを今知る事は不可能に思えた。


「よし、じゃあ早速戻るわよ!」


 カヤが拳を掲げ歩き出す。俺の魔法2輪車が停めてある方向とは完全に逆方向なんだが、彼女は一体どこに向かうつもりなんだろうか。自分の村に帝都への足でもあるのか?


「おい、どこに行くつもりだ」

「どこって…………車か何かあるのよね? 案内してよ」

「それなら逆方向だ。それに…………俺の車はふたり乗りだぞ? 悪いがお前が乗るスペースはない」

「なっ────!?」


 俺の言葉にカヤは顔を強張らせ、口をパクパクと動かす。


「カヤの村に帝都への移動手段はないのか?」

「アンタ田舎を何だと思ってるの! そんなものある訳ないでしょう?」

「いや、知らないが…………」


 ここより何倍も遠いゼニスにすら帝都への移動手段はあった。まああの街は終わってる面もあれば妙に進んでいる部分もあるからな。比較対象としては正しくないかもしれない。


「ちょっと、何とかならないの?」

「ロープで引きずっても生きていられるなら何とかなると思うが」

「無理に決まってるでしょ! アンタ乙女にとんでもない事言うのね…………」


 すすっと俺から距離を取るカヤだったが、あっと声をあげ手を叩いた。


「そうだ、さっきの鞄! あれに入れてよ。魔法の力で一杯入るんでしょ?」


 …………バカと天才は紙一重だと言うが、今回は天才側に転がったのかもしれない。


「────よし、それでいこう。生きた状態のものを入れた事がないからどうなるかは分からないが、まあ大丈夫だろ」

「え、ちょっと、めちゃくちゃ不安なんですけ────きゃっ!?」


 言い終わる前に、カヤは魔法鞄に吸い込まれていった。

 帝都に着いたら、中がどんな感じになっているのか聞いてみよう。


 ────生きていれば、の話だが。



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