第24話 ヴァイス、わらしべ長者を狙う
「…………とびきり美味い酒、ねえ」
酒なんてどれも同じだろ、と思っている俺にとってそれはなかなかの無理難題だった。帰りにエスメラルダ先生の所に寄って事情を説明したが、酒の好みまでは分からないらしく、完全にお手上げと言っていい。まさか市販の酒では満足しないだろうし。老人の名前が「ロメロ」という事だけは分かったが事態の進展には寄与しないだろう。
「ぱぱ、おさけっておいしー?」
「美味しいけど、リリィはまだ飲んじゃダメ」
「ぶー」
市場通りに寄って酒店を物色してみるが…………やはりピンと来るものは無かった。店主に訊いてみても店に並んでいる商品を勧められるだけで、有力な情報は得られない。
お酒が飲みたいとふくれるリリィを引きずって、俺は家に帰ってきたのだった。
────伝説の酒、みたいな都合のいいもの…………どこかに転がってないものか。
◆
「…………心当たりはある、かもしれない」
「マジか」
リリィが寝静まった頃、魔法省の制服を身にまとったジークリンデが訪ねてきた。仕事帰りに直接来たらしく何か緊急の用でもあるのかと身構えたものの、特に用事はないらしい。
適当にもてなしながらダメ元で昼のことを話題に出してみると────なんとジークリンデには伝説の酒について心当たりがあるらしかった。
「教えてくれないか? とびきり美味い酒が必要なんだ」
「それは構わないが…………期待しているようなものかは自信がないぞ?」
「それでいいさ。今はどんな情報でも欲しい」
俺の言葉を受けてジークリンデは少しの間悩んだ後、ポツポツと口を開いた。
「伝説の酒ではないんだが…………
「うちと言うと…………魔法省か?」
「いや、実家の方だ」
「フロイド家の秘伝酒って訳か」
「そういう事になる。父親が酒好きでな。自分で楽しむ為だけに作らせているんだ」
ジークリンデの実家、フロイド家は帝都でも有数の名家だ。詳しくは知らないが、何でも帝都創立の歴史に深く関わっているらしい。そんな超金持ちが密かに作らせている酒。まさに伝説の酒と言って差し支えないだろう。
「それは分けて貰う事は出来るのか?」
俺の問いに、ジークリンデは僅かに顔を伏せた。
「…………分からない、というのが正直な所だ。仲が悪い訳ではないんだが、酒に関してだけは異様に厳しくてな…………何か手土産を持っていけば交換してくれるかもしれないが」
「手土産か…………難しいな」
例えどんな高級品だったとしても、金で買えるものなど受け取っては貰えないだろう。相手は超大金持ち。金では買えない
「何かないか……………………あ」
いいものはないかと頭の中を探していた所、妙案が浮かんだ。思わず立ち上がりそのままキッチンに走る。棚の奥を漁り────お目当ての物を発見した。
「ジークリンデ。これを持っていってくれないか?」
リビングに戻り、テーブルの上に手のひら大の小瓶を載せる。ジークリンデは訝し気な視線を小瓶に送っている。
「…………なんだこれは。何かの粉か?」
「塩だ」
「塩…………? ヴァイス、ふざけているのか? 悪いが私の父は冗談が通じる相手では────」
「────ただの塩じゃない。騙されたと思って渡してみてくれ。酒好きなら必ず気に入るはずだ」
────ロレットの酒場で酒を注文するとついてくる、ロレット自家製の「ツマミ塩」。
ゼニスでは酒飲み全員がこれで酒を飲んでいた。この塩があまりに美味すぎて、フードメニューが全く売れないと嘆いていたのを思い出す。塩に何種類かの薬草を混ぜて作っているらしいが、詳しいレシピは分からない。ゼニスを発つ時、ロレットが餞別がわりに譲ってくれたのだ。
ジークリンデは小瓶を手に取り、さらさらと中身を振る。
「…………ごく普通の塩にしか見えないがな。一体これは何なんだ?」
「それはな────とにかく美味い塩だ。俺はこの数年その塩で育ってきた。第二の故郷の味と言ってもいい。酒のツマミにすると抜群に美味いんだ…………それこそ気が狂うほどにな」
「そうなのか…………怪しいものは入ってないんだろうな」
「それは保証する」
レシピは知らないから完全には保証出来ないんだが…………まあ大丈夫だろう。数年前から食べてる俺に異常ないしな。
「…………分かった。とりあえず持っていってみるが…………期待はするなよ? 受け取って貰えないかもしれないからな」
「ああ。その時はその時でまた考えるさ」
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