第23話 リリィ曰く、「ひげのおっちゃん」

なんと、総合日間1位になれました!

本当にありがとうございます!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 「エスメラルダ先生の印象は?」と訊かれれば、魔法学校の卒業生全員が「とにかくヤバい人」と答えるだろう。


 魔法の実践授業では教室を吹き飛ばし、実地演習では未許可での討伐が禁じられている魔物を跡形も無く消し飛ばし、何よりここ30年見た目が変わっていないらしい。

 こじんまりとした老婆ではあるのだが、どういう訳かその姿をずっとキープしている。確かに俺が卒業した時とリリィを連れて帰ってきた時で、外見が変わっているようには見えなかった。見た目はどう見ても人間のそれなのだが、もしかしてエルフだったりするのだろうか。エルフだとしても、30年全く見た目が変わらないという事はないはずだが。


 そんな訳だから「知り合いの杖職人がいる」と言われても、どうしても身構えてしまう。類は友を呼びがちだし、エスメラルダ先生から紹介されるような人物と言う時点でまともとは思えない。クリスタル・ドラゴンの角を加工出来る技術を持っている点もその予感を加速させる。


 リリィにはこの世界の綺麗な所だけ見て生きて欲しい。当然俺は1人でその杖職人の所へ行こうと思っていたのだが────


「おるすばんやだ! りりーもおでかけいく!」


 ────両手を広げ玄関でとおせんぼうするリリィを説得する事が出来ず、俺は渋々リリィを連れて杖職人の元を訪れていた。杖職人の工房は帝都の外れと言ってもエスメラルダ先生の工房とはまた別方向にあり、帝都を周遊している魔法バスを利用してもそれなりに時間がかかった。


「本当にこんな所に工房があるのか…………?」


 地図の辺りは、一言で言うと「廃墟の群れ」だった。半分崩れたような建物がまばらに並んでいて、罅割れた道には瓦礫やら木材が散乱している。一瞬ゼニスに戻ってきたのかと錯覚するが、間違いなくここは帝都。まさか帝都にもこういう暗黒街スラムがあるなんてな。


「ぱぱ…………りりーちょっとこわい…………」

「抱っこするか?」

「ん」


 俺の服の裾を掴んで歩くリリィを抱っこする。流石に襲われる事はないだろうが、警戒はしておいた方が良いだろう。間違いなく帝都の中で一番治安が悪い地区だ。抱っこするとリリィはぎゅうっ…………と俺の身体にしがみついた。


「…………一応人は住んでるのか」


 人の営みがあるようには見えないが、ちらほらと人が歩いている。着ている服は皆一様にボロボロで中には靴を履いていない者もいる。道理でバスが近くまで行かない訳だ。道も通れなければ、そもそもこんな所に用がある人間など皆無だろう。


 ジロジロと向けられる周りからの視線を無視しつつ歩いていると、ついに地図の場所に辿り着いた。


「ここか…………」


 その建物は周囲の家よりもまだ辛うじて建物の形を保っていた為、そこが目的地だと分かった。看板も無ければ呼び込みもいない。このオンボロ小屋が工房だと判断するのは外見からでは不可能だろう。


「邪魔するぞ────」


 そのまま取れてしまうんじゃないかと不安になりながらドアを開け、中に入ると、そこには見違えるような立派な工房が────という事も無く、テーブルとベッドがぽつんと置かれているだけの埃っぽい部屋があるだけだった。


 …………何が工房だ。エスメラルダ先生、まさか冗談言った訳じゃないだろうな?


「────ぁんだァ…………?」


 地の底からしわがれた声が聞こえて来た。よく見れば、床に小汚い老人が転がっている。いかにも「酒で太りました」と言わんばかりの膨れた腹。ベッドがあるのにどうして床で寝ているのか。きっと酔ってそのまま寝てしまったんだろう。すぐ傍には空になった酒瓶が転がっていた。


「エスメラルダ先生の紹介で来たんだが。凄腕の杖職人というのはアンタの事か?」


 老人はのっそりと身体を起こした。てっぺんほどまで禿げ上がった頭に、壁の隙間から差し込んだ光が反射して光る。


「エスメラルダだぁ…………? こりゃまた懐かしい名前だなァ。いかにも俺ァ帝都いちの杖職人だが…………ガキ連れたお坊ちゃんが一体何の用だ?」


 ぼさぼさの髪と髭に覆われた中から、鋭い目が俺を射抜いた。決していい性質の目ではないが、刃のように研ぎ澄まされている。ただの飲んだくれオヤジという訳ではなさそうだ。


「娘の為に杖を作って欲しいんだ。クリスタル・ドラゴンの角を用意したんだが、扱える職人がいなくてな」


 魔法鞄からちょっとした木材ほどの大きさの角を取り出して、老人に見せる。老人はさして興味もなさそうに薄く光る角に視線をやった。


「…………確かにそれは並の職人にゃあ扱えねェな。あいつが俺を紹介するのも分かるってもんだ」

「なら────」


 俺の言葉を、汚い声が遮った。


「────断る。こちとらもう職人は辞めたんだ。どうしても作って欲しいンなら、とびきり美味い酒でも持って来るんだな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る