第3話 ヴァイス、奔走する

 2日目である。


 結論から言うと、リリィはおねしょしていた。


 …………まあ、うん。これは俺が悪いんだろう。寝る前にトイレに連れていくべきだった。意思表示がないからついその事を失念していたんだ。


 汚れた布団と衣類を魔法で急速洗濯し、汚れた身体を風呂場で洗い流し、また適当な布でリリィを巻いた後、俺は外に出ることにした。


 ────そう、リリィの服を手に入れなければならない。


 俺は大通りに出ると、ゼニスで唯一と言っていいまともな女性服屋を目指した。無論店に入った事は無いが、店主のホロは知り合いだった。何度も酒場で酒を飲み交わした仲だ。若くて見た目も整っているホロは男だらけの酒場では人気者だった。だがしかし、誰かが手を出したという噂は聞いた事が無い。

 このゼニスで若い女が堂々とやっていけている。その事がどれだけ異常なのか皆薄々感じ取っていたんだろう。この女には何かがある────と。


「────ホロ、邪魔するぞ」


 木製のドアを開けると、カランカランと洒落た音のベルが鳴った。その音に釣られて奥の方からホロが顔を出した。


「いらっしゃ────ってヴァイスじゃない。え、どうしたのよ。私に何か用?」


 ホロは客が俺だと気付くや、早口に捲し立てた。その口振りから察するに、どうやら俺の事をただの客だとは思っていないようだった。その思考は正しいが、間違っている。


「服を買いに来ただけだ」

「ええっ!? 何、アンタ、誰か攫ったワケ!?」

「攫ってねえよ。失礼な奴だな…………買ったんだよ、奴隷を。ゲスの奴から」


 嘘でしょ、とホロは目を見開いた。


「ヴァイス、アンタそんな人手に困ってたの? それとも少女趣味? 流石に、嗜虐趣味があるとは思ってないけど」

「どっちでもねえ、ただの気まぐれだ。とにかく、服がねえんだよ。詳しく分からねえから一式見繕ってくれると助かるんだが」


 俺はカウンターまで歩き寄り、白貨を5枚ほど置いた。500000ゼニーあれば恐らくまともなものを着せてやれるだろう。


「これで、良い感じに頼む」


 頭を下げる俺を、ホロは口をへの字にして眺めていた。


「いやいや…………アンタ、ウチの商品全部買い取るつもりなの?」

「…………なに? 女の服って、そんな安いのか」


 男の物に比べて装飾が多かったり複雑なつくりだったりするから、比べ物にならないくらい高価なんだと思っていたんだが。


「流石に服買うのに白貨はないでしょーよ。金貨が5枚もあれば全身一式どころか二式も三式も用意出来るわよ」

「そうだったのか。イマイチ相場が分かって無くてさ。手持ちが白貨しかないからこれでいい感じに用意してくれ。余分な分は手間賃ってことで構わない」


 俺はカウンターに白貨を1枚残し、残りをポケットに引いた。ホロは遠慮した様子で白貨を眺めていたが、俺に引く気が無いのを悟るや、溜息をひとつついてそれを袋の中に収めた。


「何度も飲んでるけど、アンタの事だけはよく分からないわ…………それで、その子はどんな子なの? ウチに来るってことは女性ではあるんでしょうけど」

「エルフの少女だ」

「歳は?」

「分からん。これくらいだ」


 俺は手を水平にして、大体の身長を伝えた。


「なるほどね。分かった、用意するからアンタはぶらぶらしてなさい。今晩、家に届けてあげるわよ」

「いいのか?」

「量もかなり多くなるから、すぐには出せないもの。察するに今日中に欲しいんでしょ?」

「まあそうだな」

「配達料はサービスってことにしとくわ。沢山用意するつもりだけど、それでも白貨の半分くらいにしかならないと思うから」

「そうか、悪いな」

「どっちの台詞よそれ。じゃ、また夜にね」


 そう言うとホロは店先のプレートを閉店に変え、慌ただしく店内をうろちょろしだした。どうにも俺が邪魔そうだったので、俺は店を後にした。





「ヴァイスー、ホロだけどー?」

「ああ、今開ける」


 ドアを開けると、大の男が入れそうなドデカい袋を担いだホロが立っていた。


「それが?」


 目線で袋を示すと、ホロが頷いた。


「そ。入っていいかしら? サイズ合わないものは一旦持って帰るから」

「ああ、構わない」


 そう言えば、家に誰かを入れるのはリリィを除けば初めての事だった。というか、ホロに住所を教えた記憶がない。やはりこいつには何かあるんだろう。


「お邪魔しまーす」


 ホロはズカズカと上がり込むと、リビングで椅子に座らせていたリリィを見つけ、やかましい声を出した。


「いやーーーん、かわいいー!!!! はーーーーこれはヴァイスが少女趣味になるのも頷けるわ…………」

「勝手に少女趣味にすんな」


 ホロは我慢できない、というようにリリィに纏わりつくと、ジロジロとイヤらしい目つきで観察しだした。


「────この子、ちょっと変わってるわね。エルフって緑髪じゃない」

「そうなんだよ。珍しくてついつい買っちまったんだ」


 リリィの頭を優しく撫でながらホロが呟く。


 エルフという種族は基本的に善人が多い。いや、というと語弊があるか…………悪人が少ないと言い換えた方がいいだろう。悪人が少なくはあるんだが、勿論ゼロじゃない。だからゼニスにもエルフの住人は存在している。同族が道端で奴隷として売られていても、何とも思わないような奴が。まあ俺も人間の奴隷を見ても何とも思わない。だから、俺みたいなエルフがゼニスに住んでいる。そんな訳でホロもエルフの特徴は勿論知っていた。


 ホロはリリィに巻いていた布を訝しげに見つめると、ちらっと捲った。


「うげ…………アンタ、何なのよこの布。下裸じゃない!」

「仕方ねえだろ、服が無かったんだから。事情を理解したならそいつに服を着せてやってくれ」

「…………ったく仕方ないわね。アンタはどっかに引っ込んでなさいよ」

「へいへい」


 ホロのお許しが出るまでの間、俺は寝室に缶詰になった。隣の部屋からは時折「いやー!」だの「可愛いー!」だのやかましい声が聞こえてくる。もしかしたらリリィの声が混じっているかも、と耳を澄ませていたのだが、残念ながら全てホロの嬌声だった。


「ヴァイスー? 入ってきていいわよー?」


 どれほどの時間が経っただろうか、ホロに呼ばれ俺はリビングに足を踏み入れた。

 そこには────


「────おお」

「どう? 可愛いでしょ!」

「…………ああ。これは…………想像以上だ」


 ────フリフリにフリフリを重ね合わせたような綺麗なドレスを着たリリィが座っていた。無表情でなければ、どこぞのお嬢様だと勘違いしたことだろう。


「…………ふふ、やっぱり少女趣味じゃない」

「違う。だが礼を言わせてくれ。ありがとなホロ」

「どういたしまして。それじゃ、私は帰ろうかな。袋の中に色々入ってるから、あとで確認してね。着せ方とか洗い方が分からなかったらいつでも訊いて頂戴」

「…………すまんな、何から何まで」

「それだけのお代は貰ってるから。それに、アンタがエルフの少女を育てるなんて面白いもの。出来る限りの協力はするつもりよ」


 そう言うとホロは帰っていった。

 リビングには俺と、お姫様みたいな格好をしたリリィが残された。


 2日目は、そんな感じだった。

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