双子

長万部 三郎太

やり直せる!

ある夜、わたしは自室で包丁を片手に立ち尽くしていた。

遺産相続が発端となり、激しい喧嘩の末に双子の弟をこの手で刺してしまったのだ。



見栄っ張りなわたしが、親に内緒で積み上げた多重ローン。遺産があればこの苦しい生活を立て直すことができる。奇しくも弟も巨額の借金を抱えていたため、亡き親は相続人を弟に指名していた。



わたしたちは一卵性だった。


外見こそそっくりだったが、小さい頃から些細な喧嘩が絶えず、今日ついにこのような結末を迎えるに相成ったのだ。



放心状態のまま途方に暮れていると、脇を通り抜ける風が吹いた。



「間に合わなかったか……」



不意に背後から声がした。


わたしは驚きのあまり血まみれの包丁を落とすと、その場に転倒した。

顔を上げるとそこには先ほど刺したはずの弟が立っていた。



「お前を止めたかったんだが、少し遅かったようだ。

 こうなってはお前を殺す以外に選択肢はない……」



弟は落ちていた包丁を拾うと、こちらに襲い掛かってきた。わたしは咄嗟にタックルを試みたが、ひらりと躱されそのまま壁に激突した。


鈍い痛みが全身に走った。頭を強打したのだ。




『刺したはずの弟が生きていた』




薄れていく意識。



――。



気がつくと私は暗い部屋にいた。

先ほど見た弟は幻覚だったのだろうか?



わたしは弟の亡骸を裏庭に埋めると『遺産争いに敗れた兄が失踪した』というていで、弟にすり替わることにした。衣服やライフスタイルも弟の趣味に合わせ、見事に過去を消したのだ。これで生活は安泰、警察も事件には気づかないだろう。




弟の服を着て、弟が好んでいた音楽を聴き、弟の車に乗る。

そのような日々が続いた。



事件からしばらく経つにつれ、弟のことを考える時間が増えた。弟の事を想うと、人生をやり直したい気持ちが沸く自分に気がついたのだ。



「もしも、あの日に戻ることができれば……」



思い詰めてから数日間、一睡もできずに悩み続けた。睡眠不足のせいか、4日目の朝にわたしは酷い眩暈に襲われその場に倒れ込んだ。




どうやって戻ったか記憶がなかったが、目が覚めると自室にいた。

しかもそこには殺したはずの弟がぼうっと立っていたのだ。



『やり直せる!』と思った瞬間、弟が血まみれの包丁を握っていることに気がついた。そしてその奥で倒れているもう1人の男。



「間に合わなかったか……」





(すこし・ふしぎシリーズ『双子』 おわり)

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双子 長万部 三郎太 @Myslee_Noface

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