借金

長万部 三郎太

話が早くて助かる

初夏の夕暮れ。

わたしは冷えた外気を浴びるため窓を開けると、外廊下に立つ人影が目に入った。



「よう、やっと気がついたか?」



男は目深にかぶっていた帽子を上げ、顔をこちらに見せた。

そこには、わたしにそっくりな人物がいるではないか。



「あまり驚いてないな。さすが俺だ」



そう言うと、男……もう一人のわたしは窓に近づき身を乗り出してきた。



「――未来から来た、ってやつか?」



わたしの問いに、男は満更でもない笑みを浮かべると静かに答えた。



「話が早くて助かる。結論から言うと金を貸りに来たんだ」



もし過去の自分に言伝てができるなら、もっと他に有意義な話があるだろう。


男の要求にわたしはひどく落胆しながらも、話だけは聞いてやることにした。

なにしろ、どうもこいつは未来の自分らしい。



「10……いや、8万だ。8万ほど貸してくれないか。競馬でスってしまってさ」



なんということだ。明日、わたしは競馬に行く予定を立てていたのだ。

つまり、この男はわりと最近の未来から来たことになる。



「なぁ、お前は“いつ”の俺なんだ?」



「そんなことは関係ないだろう。金があるのは知ってるんだ、頼むよ」



この男がどの未来から来たのかは分からないが、確実なことがひとつある。

タイム・パラドックスだ。わたしは男の話を遮って、説得を試みた。



「8万でも10万でも貸すのは構わない。なにしろお前は俺自身なんだからな。

 だが、俺がお前に金を貸すとどうなる? 俺は明日競馬に行けなくなるんだぞ?

 つまり……」


 


そう言うと男は不気味に微笑んだ。



「じゃあ俺に金を貸したあと、お前も過去に戻って自分から金を借りればいいんだ。

 簡単なことさ……。今俺が同じことをしているんだから」





(すこし・ふしぎシリーズ『借金』 おわり)

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借金 長万部 三郎太 @Myslee_Noface

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