第13話 予兆

「充分だ」


 マーリンさんの声が響いたところで、俺と魔子との間に在った繋がりがぷつんと千切れた。


「おめでとうだな。ヨウ」


 マーリンさんが近づく。


「お前は魔状の世界に選ばれた」


――


「お前の才についてはもう疑う必要はない」


 先ほどの確認作業から一息つき再びマーリンさんと話始める。座学みたいな感じだ。


「正直なところ、すぐにでも一番近い都市に行って試験を受ければ、おそらく機関にも入れるだろう。身元が不十分なところは心配ではあるが、俺が何とかしてやれないこともないし、孤児だとでも言えば詮索はされるものの、それだけの理由で魔状者の卵を逃すほどこの国は馬鹿ではない」

「その、機関というところはどういった場所なんでしょう?」


 ちらりとこちらを見てマーリンさんが補足する。


「機関というのは魔状選定機関のことだ。基本的には『選定の式』で見つかった魔状者を短期的に預かる機関の位置づけだ。しかし、俺がお前を見つけたように、式以外で魔状者が発見されることもままある。毎年毎年、山間やまあいの村に国属の騎士様ご一行が出向く訳もないからな。何年かに一度、『選定の式』を行うための師団が来るが、それまでに他の魔状師と出会い素養有りと分かることもあるわけだ」


 ふむふむ。


「そういった場合、一度機関に行って試験を受け魔状者と名乗るに足る者であるかを認めてもらう必要がある」


「魔状者はまだまだ貴重だ。国はそんな魔状者たちをできる限り管理下に置いておきたい。機関は魔状者たちの窓口となり、試験を受けさせて魔状者を選別し、国の魔状者の名簿に名前を連ね、前に言った徴兵の際に役立たせることが一つの目的だ」


なるほど。役所のようなものか。


「短期的に預かるとは?」

「魔状者と言ってもピンキリだ。どのような才でも同じだが、天から気まぐれに降ってくる能力は均一ではない。俺自身機関の世話にならずに魔状師になったクチだから聞いた限りではあるが、能力値の検査と向き不向き、一定期間の訓練などを支援してくれると聞いている」


 マーリンさん、機関とやらのお世話になっていないのか。

 考えたことを読まれたのか、マーリンさんが話を続ける。


「機関に一度も属さない魔状者も多い。俺は違うが、特に貴族や騎士の家系などはそうだ。自前で魔状師を用意し、自分の息子に魔状の素質があるかを確認し、機関を通さず国に伝えられる繋がりコネクションがあれば、それでもかまわない」


 確かに、国としては魔状者のリストに名前を追加し訓練までしてくれるのであれば、自前でやってくれる分には困ることはない。今話してくれた内容を吟味していると。


「どうする」


と問いかけられた。


「一番近い都市は馬車で二十日はかかるだろう。道も整備されておらず危険も多い。だが、着いてしまえば平民以上の生活はできるはずだ」


 他意の無い淡々とした声音であった。


「実際、農村生まれの人間が魔状持ちだと判明すれば、できる限り早く、できる限り安全に機関のある都市を目指す。家族は少なくない報奨金をもらえるし、当の本人は機関所属のうちは衣食住は保証される」


 マーリンという人間は本当にフェアだ。


「……言ったことを翻すつもりはないですよ。今はマーリンさんのもとでお世話になります。まだ自分の身も守れないですし、そもそもお金もあんまり持ってないですし」


 それにこの世界の知識もほぼないですし。一人で旅とか現状おそらく無理ですし。


「それに。……本当に感謝しているんです、この村に。まだ一日ですけど、これほどあっさりと迎え入れてくれたことは俺にとっては奇跡でしたから」



 打算はあるものの、最後の言葉も本心だ。

 別に善人面したいわけではないが、この村に心底助けられたと思っている俺は役に立てるなら立ってから村を出たい。


「そうか」


 相槌を聞いてちらりとマーリンさんを見ると、珍しい事に少しだけ笑んでこちらを見ていた。


「俺もこの村には世話になっている。お人好しも多い」


 しかし、「だがな」と急に笑みを引っ込めて真顔になった。


「全員が善意ある者だとも言えない。男衆の集いでも感じただろう。この村にも力関係というものがあり、愚か者がデカい顔をすることもある。世話になっているからと言って、何にでも折れる必要はない」


 一息に言って、最後に付け足した。


「お前もすでに、ハイシェット村の住人なのだからな」


――


 感知の後は本格的な行使だが、それはまた明日ということになった。

 俺に才能があると確信したマーリンさんは、明日にでも村長宅に行って開拓作業に従事する期間を短くしてもらうと言っている。俺としてはまだまだ教えてほしいところだが、街灯などない村だ。庭もたやすく暗くなる。


 何か聞いておきたいことはあるか、と言われたのでこの機会に見聞を広めることにした。


「今この村は近くの林を開拓してますよね。遠くには森も見えました。ここら辺帯には魔獣は出ないのですか?」


 マーリンさんは頷き解説してくれる。


「村が今開拓している林は規模が小さく、魔獣は住んでいないだろう。ただの獣の多さから見てもな。魔獣は獣を食べることも多く大抵は共生しない。林全体を一度調査しているが、魔獣が住んでいる気配はなかった」


「しかし、だからと言ってこの村が安全というわけではない」


 声が真剣味を帯びる。


「ここらの近くの村もだが、お前が遠目に見た森からは十分活動範囲内だ。あの森―まだらの森には当然魔獣がいる」

「やはり、魔獣はいるんですね……」


「そうだな。都市から遠く未開拓地に近い農村は、魔獣の被害を避けられない。だからこそある程度の自衛力は必要だ。村の意向で、腕の立つ者を都市に出して剣術なりを身に着けてもらうことも多い」

「特に魔状の力でなくても、魔獣には対抗できるってことですか?」


 またもマーリンさんが頷く。


「そうだ。斑の森の魔獣でそこまで強い等級はいないと言われている。といっても生身のただの人間では勝てないのが魔獣というものでもあるが、数で勝るか、剣の心得を持った人間であれば何とかなることも多い。火急の用であれば、俺が駆り出されることもある」


 遠くを見る。おそらく視界の中に黒々とした森を収めたのだろう。


「だが、あの森もなかなかに深い。森の反対側や別の森に生息していた魔獣が移動してくる可能性もある。くれぐれも下手なことだけはしてはならない」


 なぜだろうか。そのとき俺は不吉な予感を覚えて少し身じろぎをした。

 しかし周囲に異常は見当たらず、夜が夕暮れを飲み込む光景がただあるだけだった。


**********************


 揺れる馬車が暮れなずむ道を進む。もう少し進めば今日泊まる予定の村に着くだろう。ハイシェット村を目的地とする馬車は、その手前の村の村長宅で夜を明かすことを決めていた。


 馬車には三人。荷台には荷物と男が二人。御者は一人であった。

 今は斑の森にほど近い道を駆けている。大した魔獣はいないと言っても、魔獣に出くわせば今日が命日になる可能性だってある。


 御者の人間は、低い可能性は「だからこそよく当たる」という矛盾めいた事実を経験的に知っており、故に急いでいた。

 だが、荷台の若者にそれは伝わらない。


「ロイさんよお。別にそんなに焦んなくてもいいんだぜ? 魔獣よりあんたが道踏み外すほうが怖えよ」

「……まあそうだな。魔獣が出たところで、斑の森の魔獣程度、俺らがひねってやる」


(それが信じられんから急いでいるのだ)


 だが口に出すことはなく、詫びの一言を伝えて心持ち速度を落として進行する。

 その時だった。


「――!」


 道の前方の、森からせり出した草木が大きく揺れた。

 と感じた瞬間、二体の小動物がまろび出てきた。


 慌てて馬を制御し、急制動をかけてスピードを緩める。


「! ああ? なんだあ?」

「本当に踏み外したのか?」


 荷台から立ち上がり上から顔を出した二人の開拓者はそこで、道の真ん中で不思議そうにこちらを見つめる獣二体と目が合った。

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