戦国大統領
@kuwagatasann
大統領 VS 首相
この日、会場は異常なほどの熱気が満ちている。いや日本中と言っていい。
観客はこの前代未聞の闘いに興奮を隠せない。
『日本国大統領統一選』 それがこれから始まる戦いのタイトルだった。
会場が一気に暗くなる。
「さあ!!ついにやってきた! この国の未来はどちらの手に収まるのか いよいよ日本国大統領 対 首相の一選が始まります!!」声高に場内アナウンスが響く
スッポットライトが場内の一角に集中する。
「赤コーナー!! 第5代日本国大統領!!! 関 英雄 193cm 110KG!!!」
紹介コールに場内はボルテージは爆発する。
黄金のガウンを羽織り、軽く右手を上げる。
その姿には余裕すらある。
「やっちまえ大統領〜〜お前を信じているぞ〜〜」など観客からも声援が飛ぶ。
関はエントリーロードの左右に手を上げて声援に答えつつリングインした。
リングを一回りして対戦相手の首相を待つ
再度会場は暗転して一角にライトと観客の視線が集まる。
「青コーナー 大112代日本国首相!! 岸 則夫 182cm 88KG!!!」
オールバックにメガネが彼のトレードマークだった。
そのメガネを外し両手を広げ観衆に挨拶する。
青コーナー側の観衆はスーツ姿で、彼のその姿に無機質な拍手をしている。
「ふざけんな〜」などの罵声が赤コーナーから遠く聞こえてくるがそんなものは意にも介さず岸は自身の道を進んでいる。
両者リングの中央で激しく視線をぶつけ合う。
そこには、大統領だの首相だのくだらない肩書きは存在しない。
男と男の肉体のみが存在した。勝者に与えたる権力は己の武力のみで掴み取るしかない。そして敗者は全てを失うのみであった。
「関大統領はその体躯を生かした。パワー型のファイターでそれはその政治理念を表しております。対して首相の岸はまさに変幻自在のテクニシャン!!立ち技、寝技どれをとっても上級者です。彼を前にして気を抜くことは即敗北を意味します。」解説にも熱が入る。
場の緊張と興奮が最高潮に達したその時
戦のゴングが鳴り響いた。
R1は両者とも様子見で静かに立ち上がった。
実はこの両者はこれが初めての対戦ではなかった。
名門闘大出身である岸は在学時代に一度、関と闘い敗れている。関は私学の名門である早業打大学の出身であり無名であったが、学生最強とまで言われた岸を圧倒し、当時はニュースにもなった。
「あの敗北がなかったら私の政治生命はもっと早くに潰えていただろう」と岸は述懐している。
関はあまり多くは語らないが「岸くんは、もうあの時のように甘くはないだろう…」と今回の大戦前にコメントを残している。
関は相手の様子を探る意味で、右手の一発を差し込んだ。
岸は一瞬、上体を屈めてその一撃を軽く交わした。そして関の引き手に合わせて飛び込む姿勢を見せたが、関の利き足がスタンスとは逆になっていることを一瞬で判断してすぐに身を引いた。
「これは一筋縄ではいかないな」両者ともそう判断したところR1終了のゴングがなった。
「どうだ補佐官、俺の動きは問題ないか」とコーナーで関は珍しく聞いた。この男をここまで追い込むとは岸はやはり只者ではない。
「向こうもR1は硬さがありましたが、次からは仕掛けてくるでしょう大統領!!」この男に細かいアドバイスなど不要であることは長年連れ添った補佐官は知っている。
「一撃をぶちかますのみです!!」
R2は関の方から仕掛けた。
ジャブからのストレートの華麗なコンビネーション
全ての動作は見事なまでに洗練さている。血の滲むような努力の成果だった。
観客はその見事な動きに目を最初は奪われたいた。
「大統領に相応しい堂々とした戦いぶりだ」と観客も彼の戦いを評した。
しかし、1分後、観客の中に沸き起こるどよめきは関に向けられたものではなかった。
「岸の奴、関と互角にスタンディングで勝負しているだと…」
「小癪な奴、自分の実力を俺の土俵で見せようということか」関も岸の思惑には気が付いてはいたが、岸の見事なフットワークを前に攻めあぐねていた。
流石の関にも無意識の焦りが生まれていた。その焦りから不要に放った大ぶりのストレートの隙を岸は見逃さなかった。
「頂いた」
岸は、今度こそ彼の引き手に合わせて懐に飛び込み彼の足元に強烈なタックルを加えて寝技に持ち込んだ。
岸の手足が蛇のように関の関節を目掛けて動いていく、関もされるがままな訳にはいかない。
必死に彼の手を振り解こうと抵抗する。
しかし、関がもがけばもがく程に関節が悲鳴を上げる。
徐々に岸に締め上げられていることが、彼にも理解できている。
そしてついにその時がきた。
右腕の関節が限界まで曲げ切ったタイミングで岸の腕が絡みつき今までにない力で締め上げがはじまった。
関は意識が遠くなるような痛みの中で、岸の細い体のどこにこれ程、力があるのか感心していた。
徐々に痛みが増していく、関に残されたものはない。腕の限界まで暴れ回るだけである。
「カーン」2R終了の合図である。
しかし、寝技での場合、レフェリーがブレイクを宣言するまで試合は続行される。
関は覚悟をきめた。
「どうやらここまでか…」関は諦めかけたが、次の瞬間、全く異なる感覚に襲われた。
ストレスからの解放であった。
関の遠のいた意識は瞬間的に引き戻された。体の苦しさと重さが一気に意識にのしかかる。
関はキャンパスに横たわったまま動けないかった。
「大統領はいただきましたね。元大統領」岸が技を解く際に彼の耳元で囁いた。
人気取りか...
関には岸田の思惑が見える。
首相は平時においての最高責任者である。
この世界が比較的安定している状況においてはその権限は大統領を超えている。
彼の政策がこの日本を動かしていると言って良い。その政策が良策であれば評判は上がるし、悪ければ下がる。
しかし、平時において、政策が良いことと単に評価されることは稀である。誰かか利を得れば、誰かかが失うのは世の常である。つまり首相とは評価されない貧乏籤なのである。
岸も例外になく、支持率が低い。
支持率の低い為政者は苦労が多いが、彼の場合は政治的な実力確かで議会からも党からも信用されているためここまでやってこれた。
大統領の非常事態時の絶対権限も手中に収めれば、岸が欲しい支持率も上がる。
そのための布石としてここで、器の大きさを見せておこうとの腹づもりに違いない。
この「政戦」おいての判定は単なる武の判定ではない。
男の器の大きさ、スポーツマンシップや友愛、慈悲の精神で判定が下るのである。
もちろん、KOとなれば負けだが、その戦い方が汚いものであればその後の支持率にも影響する。
単に勝てば良いものではない。
もうすでに、政戦は始まっているのである。
大統領陣営は慌てていた。
まさかここまで首相に対して、追い込まれることは予想していないかった。
「どうだった。」関は補佐官に忙ない息遣いで聞いた。
「今は回復することにだけ集中してください。プレジデントッ!!」
岸は反対コーナーを見つめながら、戦況が席陣営向にとっても考えてもないことが見て取れる。
確かにスタンディングは流石だ。隙は少ないが寝技に持ち込めば完全にこっちのおペースに持ち込める。
「首相 回復されると厄介です。ここでジエンドにしましょう。」官房長官が伝える。
「もちろん、次はない そのつもりだ」岸はすでに立ち上がり臨戦体制だ。
3Rが始まった。
関のコンビネーションは、全く衰えてなかった。
しかし、会場には先のラウンドのような湧き上がりはない。
岸のフットワークの前に翻弄されている。これも先のもの同じであった。
岸が飛び込む瞬間を狙っている。観客はその瞬間を見逃すまいと集中しているのである。
激しい攻防ではあるが、会場には冷たい緊張感が満ちていた。
時間だけが進んでいく、岸もなかなか掴めないようである。
「動きが落ちてないですね」岸も関の動きに驚きを隠せない。
「カーン」3Rの終わりである。
岸はその時自身がコーナーに追い込まれていることに気がついた。
「これは!危ないのはこっちでしか」
「首相!もう少し距離を取らないと危険です。」官房長官がコーナーに戻ってきた岸に言った。
「それでは、判定がつかない。そんなことをするのなら2Rで終わりにしていた。」岸は無意識に額の汗を拭う。
#異変
岸と関の戦いは大きな動きがないままラウンド数のみが増えていった。
しかし、小さな変化は確実にあった。
岸がかなりの消耗をしていることと、コーナーを背負う回数が明らかに増えていった。
先程の6Rなどは三回も背負った。
コーナーに戻ってきた岸を見て官房長官は、彼の変化に驚いた。
大きな被弾はまだないが、ジャブが何発かもらうようになった。大統領の鞭のようなジャブを擦るようにヒットするため右目のあたりが腫れ上がっている。
「アイシング!!」すぐに官僚に指示を出す。
片目が塞がると距離感が分かりにくい。岸の場合は死活問題である。
「さっきは危なかった。捕まりかけたよ」岸は喘ぎながらいった。
「喋らなくていいので、聞いてください。」
「距離が遠いのです。徐々にですが間合いが開いています。だから少し詰められるとコーナーを背負ってしまう」
「そう、そうか」恐らく岸もわかっているだろう。わかっていてもできないのだ。
「足が動かないなら次のラウンドは休んでください。やはりスタンディングでは勝負はできません。8Rで勝負しましょう。」対して赤コーナーは静かであった。
「どうだった?」関はあいかわらず補佐官に意見を求める。
「体は動いています。確実に追い込んでいますよ」
関は彼の意見ほど状況を楽観視してはいない。
スタンディングでは関に有利であることは間違いない。確実にコーナーまで追い込んでいる。
「このまま行けば、勝利は確実です。」有能な補佐官でも勘違いをしている。
コーナーまで追い込んでいるが、決め手がない。
こちらが隙を作れば、必ず岸はそこをついてくる。寝技に持ち込まれれば今度こそ終わりだ。
追い込んだところで攻めなければ、逃げられる。それがこれまでの流れだった。
そして、このまま進めば判定で負ける。
2Rのポイントは大きい。
むしろ追い込まれているのは関の方だった。
「この勝負は向こうの出方次第だな」
関の勝負眼は優れている。
7Rの開始される。
「しゃああぁぁ」岸は珍しく拳同士を合わせて気合を入れる。
両者は先ほどまでより間合いは半歩近いで睨み合う。
「総理〜距離を取れ!!」どうやら側近の助言とはちがうのだろう。
「だろうな、流石は岸くん」此処で引いては岸のアドバンテージを失いかねない。
「このラウンドは気合いで勝負するしない!!それは俺も同じ!!」
関も「おうっ!」と答えるように気合を入れる。
関はさらにもう半歩前に出てクロスレンジの間合いに入ろうとする。
この間合いは、関にとっても武器がない、得意の伸びるストレートもしなるジャブもこの間合いでほとんど意味がない。ひたすら回転力だけで勝負する。
岸も受けて立つもはや引くことはできない。
やはり先に仕掛けたのは関だった鋭いフックが岸めがけて飛んでくる。
岸はダッキングで何難なく交わす。
即座にさらにフックを重ねる。
そこに岸はショートアッパーでカウンターを合わせる。
激しい衝突音が緊迫した会場に響いた。
「うわ〜〜〜〜」次の瞬間には興奮した声援が土石流となって一気に溢れた。
両者は弾き飛ばされたように間合い開けて立っている。
それぞれ確かな手応えが手に残っている。
それでも関は顎にもらったため足に来ていたため、ふらついている。
「大統領〜〜気合や〜〜乗り切れ」声援が聞こえる。
岸は勝負をつけるべく、一気に間合いを詰める。
「時間は十分、これでジエンドだ!!」岸は冷静に判断できていた。
勝負は一瞬でついた。
渾身の右ストレート
足が死んでいていも、相手の勢い加わった渾身のストレートは、相手を沈めるには十分であった。
そう、ダウンしたのは岸であった。
会場は静まりかった。
前のめりで倒れ込んだ岸の様子を見て、議長はTKOを宣言した。
その瞬間、再度熱を帯びた歓声が会場を埋め尽くす。
「首相〜〜〜」すぐに駆け寄る官房長官
彼はすぐに岸を仰向けにした。岸の右目は大きく腫れ上がっていた。
「そうか、これで距離を見誤ったんか...」
クロスレンジので応酬、誰も気づかないうちに致命的なハンデを背負っていた。
「すまん...届かなかった。」意識を戻した岸がつぶやく
「今は休め、それしかない」官房長官の声は少し震えていた。
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