悪戯と欺瞞の楽園

@yutarou-natane

第1話

そこは奇妙な光景だった。


静寂に包まれている様な、それでいて樹々のざわめきを感じる、




「ここは…?森…?」




加瀬弘樹は目の前に起きた非現実的な状況に困惑した。辺りを見ても人はいない。


そもそも森にいるはずなのに生物の気配がない。


なぜか感じる圧迫感。――異様な空間だった。




目の前には巨大な大樹。その根元にはまるで弘樹を誘うかの様に口を大きく開けている。


入りたくはない。だが、入らなければならないと直感で感じた。弘樹は空洞に入り真っすぐに進む。まるで血管が這うように右も左も根に包まれている。不可思議なくらい続く一本道、それはやがて終わりを迎え不穏な空気を纏う石碑が立っていた。






――来たれ…異界の住民よ。時は満ちた…




騒げ…全ての命ある者に等しき安らぎを…




満たせ…己の渇望を…




騙れ…正と負の混濁を…




歪みし永久の闇…戯れに終焉を求む…




下界に放たれし混沌は何よりも尊き導となる…――






何処かから声が聞こえ…そして弘樹は光に飲み込まれた。








「ヒロくん、おはよう。」




隣を歩く少女はこちらにまぶしい笑顔を向けてくる。


少女の名前は白瀬麻衣。黒髪のセミロングを編み込んだハーフアップに纏めている。


ぱっちりとした目、綺麗な鼻筋、誰もが目を引く黒髪黒眼の美少女。激しい自己主張があるわけではないが魅力的なふくらみを持ち、メリハリのある体系。それでいて細すぎるわけではなく、絶妙な曲線を描いている。




「ああ、おはよう麻衣。」




二人は幼い頃から一緒に育ってきた。弘樹も容姿端麗と言われる部類で麻衣からの弘樹に対する好意は明らかで周囲の人間からは何故付き合っていないのかとよく聞かれる。弘樹もその好意は理解している、そして麻衣の事を大切に思っている。だが時々誰にも言えない感情があふれてくる。この平和で幸せな環境が酷くつまらない、全てを壊したくなる。表に出してはいけない危険な思想、理解して貰えるはずがない。だから麻衣とは付き合えない。そんなありきたりで退屈な日常をこれからも送るのだろうと、そう思っていた。




だが、目の前に起きた状況がそんな日常を消してくれた。




麻衣と一緒に登校して学校に着いた弘樹は校門を超えた瞬間には不思議な森の中だった。そしてついさっき石碑から放たれた光に包まれたらこの森にいた。静寂に包まれた森と違い、この森は生物の気配や自然の音がする。ここまでの体験は本来ならバカバカしい話だが、間違いなく五感は働いており現実だと主張している。隣にいた麻衣は無事なのだろうかと弘樹は近くには姿が見えない幼馴染みを心配する。石碑を見た空間を考えると異世界と言う現実には有り得ない感覚が何故か納得できた。何が起きるかわからないこともあり、普段はお守り代わりとして持っていたそれを手に忍ばせる。麻衣を探す為に周囲を探索して暫く歩くと近くで話し声が聞こえた。




「おい、いたか!?」


「いや、こっちには見当たらねぇ!」


「折角の上玉だ!必ず捕まえろ!」




三人の男が誰かを探している。ただ、平和的な内容ではなさそうだ。


異世界と言うことを考えると人攫いか、それとも盗賊か。ろくでもない奴らには違いない。




「兎に角、もう一度手分けして探すぞ!」




そう言って男達は再度散っていった。弘樹は三人のうち、こちらに向かってきた一人へ近付いた。




「誰だっ!?」




男が声を荒げる。




「いやぁ、すみません。道に迷ってしまったみたいで。この森から出るにはどちらへ向かえばよろしいでしょうか?」




弘樹はまるで場違いなゆったりとした口調で語りかける。




「知るかっ!野郎に用はねぇ!くたばりやがれ!!」




男は問答無用で腰の剣を抜きこちらを襲ってきた。ここは地球ではない、そんな実感が気分を高揚させる。弘樹は嬉しくなりながら、男の振り下ろしてくる剣を横へ躱す。男の剣の腕前はそこまでの様だった。我流なのか、軸が安定していない。剣に振り回されている感じがする。そうして避けている内にこれ以上は後ろに下がれない大きな木に辿り着いた。




「ちょこまかちょこまかしやがって。だがこれでもう逃げれないぞ!」




男は袈裟斬りにしようと振り下ろしたが、弘樹はその場に屈んだ。ガスッ!!大きな音がした。屈む前の弘樹の肩があったところに男の剣が深々と刺さっていた。




「チクショウ、抜けねぇ!!」




当然、このチャンスをのがす弘樹ではない。手に持っていたそれ…サバイバルナイフを持ち、男の喉に突き立てた。こひゅ、と男から漏れた。突き立てたナイフを一捻りし、そして抜いた。傷口から鮮血が吹き出し崩れ落ちる男を見ながら、弘樹はこれ以上ない愉悦を感じ、気付いたら笑っていた。




「ククク、ククッ、ハーッハッハッ!!最高だ!最っ高の気分だ!!」




弘樹はかつて無い程の充足感を得ていた。乾いていた心が潤っていく、そんな感覚。




「ここがどこだって良い。この男を見る限り、間違いなく現代文明の装備じゃないんだ。地球の倫理感なんて関係無い。つまらない毎日にさよならだ!だがその前に残りの二人を探して仕留め、奴らの探している人物に会おう。」




剣は深く刺さっていて抜けないので、死体を漁り短剣を身に付けた。ついでに袋に入っているお金


もいただいていく。間違いなくこの後生きていくためには必要になるはずだ。




「とりあえずアイツらの向かった方へ行くか。狙われているのは麻衣の可能性がある。」




急いで追い付きたいが、視界の悪い場所での戦闘は避けたい。なるべく気配を殺して行動するしか無かった。15分ほど彷徨ったころ、何かを捕まえようとしている二人を見つけた。




「二人同時は厳しいな。なるべく近付いて一人処理するしか無い。」




幸いにも何かに夢中で弘樹に気付く事はなく、背後を取ることが出来た。無言でナイフを取り出し、男の首を掻き切った。首から噴き出す鮮血を抑えながら切られた男はこちらを向き、そして倒れた。


もう一人は急な事に付いてこれず、呆けた顔をしていた。弘樹は間髪入れず距離を詰め始めた頃にようやく男は動いた。




「てめぇ!!ぶっ殺す!!」




状況を理解した男は逆上し剣を抜いた。そんな男に弘樹は笑顔で答える。




「それは俺のセリフだよ。」




男は横になぎ払うもバックステップを取っていた弘樹には届かない。追撃しようと走りながら上段に構えたところでタックルを繰り出した弘樹にバランスを崩された。弘樹に馬乗りになられ、武器を手放してしまった男は命乞いをし始めた。




「たっ、助けてくれ!命だ…」




「命を狙ってきたんだから、そんなこと通用するわけないでしょ?大人しく死んでくれ。」




言葉を遮る様に首を掻き切った。悶え苦しむ男を一瞥した後、弘樹は木の陰から覗いている女の子?に声をかけた。




「もう大丈夫だよ、コイツら三人は僕が始末した。」

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