第47話 救済措置(2)
覚悟がないわけではなかった。
ここまで来た以上、問題行為を起こしたと認めることはどうしたって避けられない。
ただ、素直に自白したとして、その後はどうなる?
きちんと反省すれば処罰を軽くするように取り計らう、なんて甘い決断を加賀宮さんが下すとは思えない。
だから、これだけは最初に確認しておきたかった。
「私が正直に自白したら、どうすんの」
「具体的な処置をどうするか、というご質問でしょうか。それは貴女が全てを赤裸々に暴かないうちはお答えすることができませんの。先程も申し上げた通り、貴女の見せる誠意次第ですので。ただし、安全な処遇を受ける保証がないからといって黙秘する、などという選択肢はないと思ってただいた方が良いでしょうね。少しでも事実を隠蔽しようとした時点で、こちらも然るべき対応をとらせていただきますわ」
もはや脅迫とも取れる言い分だな……あれこれ勘繰るだけ無駄か。
それなら、信じるしかない。夕莉の言っていた“チャンス”とやらを。
危機的状況に陥ったら、打開策はその時に考えよう。
意を決して、加賀宮さんと視線を合わせる。
彼女はもう全て知っている。
ここで求められている答えはただ一つ。
私がその事実を認めるか否か。
「校則に違反する行為を犯したことは――認める」
あとは冷静に、淡々と事実を話すだけだった。
私は悪くないとか、相手が煽ってきたからとか、なるべく感情論は持ち出さないようにして。
情に訴えかけて心動かされるような人ではないだろうし、むしろそれは逆効果になる気がした。
ただ、咎めるような眼差しを向け続ける彼女に気圧されることがないように、気丈な姿勢を保ち続けることだけは意識していた。
「――そうですか」
一通り話し終えると、加賀宮さんは感情のない事務的な声を発した。
何も思案していないような表情――弁明を聞いたところで、初めから私の処遇を考慮するつもりなんてなかったのではないか。
そう感じてしまうほどの無慈悲な返答だった。
「最後の確認ですが、今お話しされた内容に虚偽は含まれておりませんわね?」
「……はい」
「正直に打ち明けてくださりありがとうございます。もし貴女が何らかの不正を働いた場合は、強引に引きずってでも公園にある防犯カメラの開示請求をさせるところでした」
何それ、怖すぎ。
本当に言い逃れできる可能性なんてなかったんだと、今さらながら思い知らされる。
「今の発言はしっかり録音させていただきましたので、いざという時の証拠は申し分ないですわ」
そう言って、懐から取り出した録音機をちらつかせる。
尋問が本格的すぎて逆に引くんですけど。とことん私を追いやる気満々じゃないのよ。
こんな警察の取り調べみたいな状況を前にしても夕莉はいつも通り無表情だし、もはや私に救いの手があるとは到底思えない。
とりあえず、隠せるものは何もないくらい全てを吐いた。
私が今できるのは、加賀宮さんの反応を待つことだけ。
「それでは、貴女を退学処分にするよう、この証拠を持って校長のもとへ直談判しに参ります」
「はあ!?」
話が違う。これじゃあ、ただ自白を強要されて罠に嵌められただけじゃない。
それとも、加賀宮さんを納得させられるほどの誠意を示せなかった?
何かの逆鱗に触れたのか……いや、落ち着け。
ここで取り乱したら相手の思うツボだ。
血が上りかけたのをどうにか理性で押さえつけ、深呼吸して精神を落ち着かせる。
「ちょ、ちょっと待って。いきなり校長に直談判は早計すぎるっていうか……反省文100枚とか、せめて謹慎か停学を経てから……」
「校則に抵触した時点で救済の余地はありませんの。大体、素行不良で先生方からの評価が低く成績も恐ろしいほど芳しくない厄介者にもかかわらず未だこの学院に籍を置いていること自体が問題であり異常なのです。なぜ進級する前に退学にならなかったのか甚だ疑問で生徒会の業務も手につきませんどう落とし前をつけてくださるのでしょうか。
もう貴女が退学する以外に事態を丸く収めることは不可能だとわたくしは判断いたしました」
「確かに素行は悪かったけどそれは進級する前までだし、今はちゃんと真面目に……!」
「口答えしないで、奏向」
「ッ……」
突然夕莉から制止の声をかけられ、勢い余って思わず強い視線を向けてしまう。
……ダメだ。冷静にと自分に言い聞かせていたつもりが、無意識のうちに逆上してしまっている。
彼女の横槍が入った時、一瞬でも疑ってしまった。
本当は私が退学になっても別にいいと思っているから、叱るようなことが言えるのではないかと。
でも、きっとそんなことはないはずなんだ。
私を見据える夕莉の瞳が、何かを耐え忍ぶように微かに揺れているから。
ここで反抗するような態度を見せたら、弁解のしようがないくらい立場が悪くなる。
それをわかっていて、夕莉は口を挟んだのだろう。
何とか歯を食いしばる私に、追い打ちをかけるように加賀宮さんが結論を告げる。
「せっかくご自身の罪を認められましたのにご愁傷さまです――と、申し上げたいところですが」
無情な宣告から一転、誰が見ても明らかなほどわかりやすく不機嫌になりながら、それはそれは大きなため息を吐いた。
夕莉に負けず劣らずの冷たい態度だった彼女のあまりの変貌ぶりに、警戒心が高まる。
「貴女に……汚名返上の機会を差し上げ、ない、こともない……ことはないですわ」
「それ“ない”じゃん」
饒舌な加賀宮さんにしては珍しく、かなり苦し紛れに言い淀んで答えを出した割に、やはり本音は抑え切れなかったようで。
変顔かと思うほどに表情を歪ませながら、言いたくもないことを仕方なく言わざるを得ないという葛藤に悶えているようにも見えた。
今に始まったことじゃないけど、私への不快感を前面に出しすぎなのよ……。
「……要するに、学院の生徒として相応しい実力と才能をお持ちであることを証明できれば、貴女が自白した内容は……非常に不本意ではありますが全て聞かなかったことにして差し上げます。録音したデータは削除して、先生への告発も取りやめますわ」
「それは、つまり……見逃してくれると……?」
「“見逃す”などという表現は不適切ですわね。あくまで事実を初めからなかったこととして扱うだけです」
「なるほど、揉み消すってわけか」
「人聞きの悪い言い方はやめてくださる?」
舌打ちが聞こえてきそうなほどむくれている彼女を一旦スルーする。
何はともあれ、万事休すにも等しかった状況に光明が差した。
挽回のチャンス――夕莉が言っていたのはこのことなのだろうか。
しかし、実力と才能を証明すると言ったって何をどうすれば……。
そんな疑問を見透かしたように、加賀宮さんが咳払いをする。
「一週間後に控える中間考査、そこで良い結果を残すことが条件ですの。そうですわね――貴女の所属する普通クラスの中で、総合三位以内に入ることができればよしとしましょうか」
「中間テストで三位以内…………三位!?」
「風の便りによると、この学院を首席でご入学されたとか。そのような方が三位以内、ましてや学年全体ではなく一部のクラス内でその成績を収めるなど造作もないことでしょう?」
娘をいじめる継母のように、クスリと意地悪くほくそ笑む。
簡単に言ってのけるけど、普通クラスとはいえ、精鋭ばかりが集まるこの学院では学力の差にそこまで優劣はない。
人数も100人超はいる中で、三位以内はかなり厳しい。
それに首席といっても、一年の頃はほとんど授業をさぼっていたから学力は著しく低下している。
これまでの遅れを取り戻すための勉強は一応しているものの、完全に周りに追いついているわけでもない。
「いかがでしょうか。わたくしの提示した条件を承諾されますか?」
「……こっちも確認だけど、私が普通クラスの中で三位以内になれたら、本当にお咎めなしにしてくれる?」
「無論、二言はありませんの。ただし、達成できなかった際は問答無用で貴女を切ります」
この駆け引きは、彼女からの試練ではなく挑発だ。
お前にそんなことができんのか、どうせ無理だろうと、内心見くびっている。
かなり危険な賭けだけど、全くもって実現不可能な条件でもない。
退学を免れる可能性がほんの僅かでもあるのなら――。
「――その話、乗った」
彼女の期待を、裏切ってみせる。
「承りました。来週の中間考査が待ち遠しいですわね。貴女が人生で受ける最後の試験になるかもしれませんもの。……夕莉さん、最後に何か仰りたいことなどございませんか?」
私への険悪だった態度が嘘のように顔を綻ばせ、猫撫で声で夕莉に問いかけた。
二重人格かと思うほどのえらい切り替えように、いよいよ本気で恐怖を感じている。
対照的に、終始落ち着いた様子で私たちのやりとりを聞いていた夕莉は、表情を変えることなくさらっと応える。
「……いえ、特には」
「ありがとうございます。お褒めに預かり光栄ですわ」
会話が噛み合ってないけど……今の褒めてた?
あんな短い返答からどんな意図を汲み取ったのだろうか。
「用件は済みました。退学が決まるその時まで、せいぜい無意味な悪足掻きでもなさってくださいな。……さて、夕莉さん。わたくしたちはお先に失礼させていただきましょう――」
「ごめんなさい。今日も彼女と帰るから、あなたとは一緒に行けないわ」
「はい……? 彼女……"カノジョ"……? それはどちらの意味で……?」
絶望に突き落とされたように打ちひしがれる加賀宮さんを無視して、夕莉が立ち上がる。
目の前で可哀想なくらい嘆いてるけど、放っておいて大丈夫なのかな……。
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