見せるビジョン

「そちらに、座って下さい」


真っ白な丸い布の上を指した。


「はい」


「これから、見せるのは、三笠千尋みかさちひろさんです。調べていますよね?」


「自殺された方ですね。調べました。」


「はい、桂木丈助かつらぎじょうすけさんとお付き合いされていました。」


そう言って、三日月さんは黒い手袋を脱いで置いた。


「きちんと、宮部さんが見たままを書いてもらえますか?」


「はい」


「では、これを…」


「これは?」


「私の力が強すぎるので、こちらを持っていて下さい。」


私は、数珠を握らされる。


「これは、私が特別に作ったものです。」


黒、白、黄、赤、青、緑、オレンジ、透明…。


8色の入った数珠だ。


「あの、どんな風に見るのですか?さっきは、五木さんを外で見てる感じでした。」


「次は、宮部さんがその人の中に入ります。だから、心の中も全部見る事が出来ます。」


「男の人の中も入るのは、何か嫌ですね。」


私は、苦笑いを浮かべた。


「それでも、真実を見てきて下さい。そして、痛みを感じて下さい。もし、駄目な場合はこちらを」


そう言って、手に鈴を握らされた。


「宮部さんが、嫌だと思えば、こちらを身体が勝手に鳴らします。だから、嫌だと強く思って下さい。」


「どんな気持ちを感じるのでしょうか?」


「そうですね。私が、見せるものはその人が、一番幸せな時間から始まります。そこから、パラパラと雑誌を捲るように時間は進んでいきます。次に現れるのは、この神社か、寄贈された桜の木だと思います。今から、お見せする皆さんは、こちらか寄贈された桜の木に行っておられます。それは、過去に行ってるかもしれません。それから、ペラペラと雑誌を捲るようにまた進んでいきます。そして、最後に事件が起こる三日前に行きます。そこから、事件に向かって進んでいきます。」


「それって、殺されたり痛みを感じたりって事ですか?」


「そうですね。本人が感じていた気持ちは、全て宮部さんに流れ込みます。」


「怖いです」


「そう思ったら、強く帰りたいと念じてください。今から、行く世界では、宮部さんがその人になる世界です。痛みも苦しみも喜びも悲しみも、全ての感情が宮部さんに流れ込む。だから、無理だと思ったら強く念じて下さい。最初は、二つの人格を持っている感覚がしますが、すぐに一つになります。」


そう言うと三日月さんは、袖を捲る。


「それは…」


さっきは、気づかなかったけれど三日月さんの手の爪は真っ黒で、手の甲は痣のような赤色が広がってる。


三日月さんは、左の手袋を外した。


「どういうわけか、最初は一本だった黒い爪が広がっていきました。」


「左は、普通なんですね」


「はい。右手だけが、こんな状態で…。先ほど、お見せしたようにこの手だけは、あちらに連れていけるんです。」


「三日月さん、私きちんとこの目で見てきます。」


「はい、お願いします。」


「そして、ちゃんとオカルト記事ですが…。記事にします。」


「よろしくお願いします。それでは、一日目を始めましょう。準備は、よろしいですか?」


「はい、頑張って見てきます。」


「では、三笠千尋の人生を見てきてあげて下さい。」


「はい、わかりました。」


私は、ゆっくりと目を閉じる。


「では、いきます。」


そう言って、三日月さんは私の後頭部にゆっくりと手を当てる。


三日月さんから、漂う線香の香り

がフワッと舞う。


【ジョー】


【愛してる】


【ずっと、一緒にいたい】


【私なんかで、いいんですか?】


頭の中を可愛らしい女の人の声が、駆け抜けていく。


「では、いってらっしゃい」


三日月さんの声が、遥か遠くで聞こえた。


ドクン…ドクン…


ドクン…ドクン…



心臓の鼓動だけが、頭に響き渡った。



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