第66話:俺の心はここまで狭いとは

 いま俺は、高鳥家の2階のリビングのテーブルで凹みまくっている。具体的にはテーブルに突っ伏してる。


 今日は、さやかさんの合コンの日。朝からさやかさんとケンカしてしまった。しかも、間違いなく俺が悪かった……



 *



「じゃあ、行ってきます。今日は外で食べてきますので、夕飯は要らないです」



 そう言って玄関前を出るさやかさん。



「何時くらいに帰りますか? 俺、迎えに行こうと思うんですけど……」


「大丈夫ですよ。もう、子供じゃありませんから一人で帰れます」


「そうじゃなくて!」


「どうしたんですか!? 狭間さん、大丈夫ですってお酒は飲みませんから」


「そう言うことを言ってるんじゃなくてっ!」



 無意識に語尾が強くなってしまう。



「どうして私の邪魔をするんですか!? もういいですっ!」



 ああ、正に 売り言葉に買い言葉。



(バタン)大きな音を立ててドアを閉め、さやかさんが行ってしまった……





 一度はOKしたのだから、当日になって「やっぱり行かないで欲しい」というのは情けなくて言えなった。


 そんな情けない俺だから、次第に興味が薄れて来て他の男を見てみたくなったのだろうか。


「そんなはずはない」と思うものの、わざわざ「合コンに行きたい」と言って出て行った。合コンって合コンだもんなぁ……



「合コンの会場をのぞき見したりはしないんですか?」



 そう言いながら、東ヶ崎さんがテーブルに淹れたてのコーヒーのカップとメモ紙をを置いてくれた。多分、この紙に会場の場所なんかが書かれている。



「ありがとうございます。のぞき見は……いよいよダメな気がします」


「残念です。一応、会場の場所と時間までは調べておいたんですが」


「相変わらず、仕事は細やかで早いですね」


「ありがとうございます」



 今日も家では家政婦モードの東ヶ崎さん。頼んでいなくても、先回りして調査などもしてくれている。実に優秀だ。


 しかも、午前中は家事などがあるのだろうけど、手を止めて俺を心配してくれている。うーん、我ながら情けない。気を使ってくれている。気分を紛らわせるために、ちょっと違う話題を振ってみるか。



「東ヶ崎さんと さやかさんってどんな関係なんですか? お父さんのことも知ってるみたいでしたし」


「そういえば、言ってませんでしたね」



 東ヶ崎さんも自分のコーヒーカップをテーブルの上に置き、俺の斜め向かいに座る。


 俺は無意識に「さすが」と思った。


 俺の横に座ったら、恋人同士みたいだ。俺はさやかさんと付き合っているので、彼女がいない時にそんな態度だと俺が誤解してしまうかもしれない。


 では、テーブルの向かいに座ると、話すときに目と目が合う。人は向かい合うと無意識に対峙してしまうらしい。敵対関係になってしまうのだ。


 だから、斜め向かい。恋人の位置でもない。そして、俺と対峙する位置でもない。ついこの間読んだ心理学の本の話を信じるとしたら、東ヶ崎さんは知ってか知らずか、ベストの位置に座っていると思った。



「聞いてしまったら、なんでもない話なんです。狭間さんとはこれからも長いお付き合いになりそうですから、お話していた方がいいかもしれませんね」



 彼女がコーヒーカップの淵を指でなぞりながら話し始めた。



「私とお嬢様は戸籍の上では姉妹になります」


「は!?」



 全く予想しなかった答えに思わず間抜けな声が出てしまった。



「私は元々両親がおらず、高鳥家の養子となりました。以前お会いいただいた修二郎様……お嬢様のお父様が私の父です。私だけではなく、私みたいな子は100人以上います」



 色々情報が多すぎて、頭が追い付かない。



「その中で、特に何かに長けている者が更に特別な教育を受けて、グループ会社で働いたり、お嬢様やそのお兄様のお世話をさせていただいています」


「……」


「ちょっと、センセーショナルな内容だったでしょうか?」


「あ、はい。東ヶ崎さんにご両親が……って、あれ? 名前は? 『東ヶ崎』さんですよね!?」


「はい、養子達は対外的に『仮の名』を拝命してグループ会社、ご子息、ご令嬢の周りで働きます」


「なるほど、みんなが『高鳥たかとり』だと都合が悪いのか」


「私は拾われた時の地名が『仮の名』の由来になっていると聞いています」


「でも、今でもその……子供を捨てる親っているんですね」


「捨てたかどうかは分かりませんが、経済的に育てられなかったり、年齢的な理由だったり、当然、現代の日本でもありますよ」



 ニュースなんかではほとんど見ないし、テレビなどでも取り上げられない。でも、言われてみればその通りだ。今更ながら、俺は知らないことがまだまだある。



「私は、お嬢様のすぐ近くで働けて幸せです」



 目を閉じて少し微笑んで、その言葉が本心からなのだと伝わった。そういえば、以前は東ヶ崎さんと一緒に料理をしていたな。意外と本当の姉妹みたいな関係なのだろうか。



「下の名前はなんていうんですか?」


「え⁉」



 珍しく東ヶ崎さんが慌てた。これは新鮮なリアクションだ。



「東ヶ崎…何ちゃんですか?」


「え、あ、いいじゃありませんか。『東ヶ崎で』」


「いざというとき、困るかもしれませんからねぇ」



 それは一体どんな時なのか。言っている俺でも分からない。東ヶ崎さんの可愛い反応が楽しくて、つい 意地悪を言ってしまっただけだ。



「えっ、あっ、あのっ……です」


「ん?」



 よく聞こえなかった。



「『愛』です。愛するという字の『あい』です」


「あいちゃんか~。可愛い名前だと思います」


「ありっ……がとうござい……ます」



 東ヶ崎さんが真っ赤になって俯いてしまった。脳天からは湯気が出てプシュ―と音が聞こえそうだ。これはとても新鮮な反応。


 あまり名前は呼ばれ慣れてないのかな。



「あっ、あの! 私まだ家事がありますので、お先に失礼しますっっ」



 なんだか逃げるように行ってしまった。たしかに家事の邪魔をしたら申し訳ない。思わぬ情報で気は紛れたけど、さやかさんが合コンに行ったことを思い出すと再び凹んでテーブルに突っ伏してしまう俺だった。

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