第63話:アフターストーリー(8-3/8)

 さやかパパが次に頼んだお酒は「百年蔵」。すごくいい名前だ。カッコいい。


「百年蔵」って明治時代から100年以上続く酒蔵の日本酒。さやかパパは日本酒が好きなんだな。



「狭間くん、最近 さやかが生き生きしていると思わない?」


「そうですね、いつも楽しそうです」


「あの子ねぇ、昔はぬいぐるみが めちゃくちゃ好きだったんだぁ」


「そうなんですか」



 また全然違う話が出てきた。


 さやかパパがちょっと遠くを見ながら語り始めた。



「うち、お金持ちだからさぁ、ディズニーでもポケモンでもなんでも買ってあげてたら、段々興味を示さなくなってさぁ」


「へー」



 うちは普通の家って言うか、どっちかって言うと貧乏の方だったから、羨ましい話だ。



「あの子可愛いじゃない? 昔からなんだよ」


「はい」


「頭も良くて成績もいつもいいんだよ。学校の成績もいいけど、賢いって言うのかな、色んな意味で頭のいい子なんだよ」


「分かります。っていうか、痛感してます」


「性格もいいから友達も多いみたいでさぁ」


「それも学校に行ったことがあるので、すごく伝わりました」



 さやかパパは、べた褒めだな。よほど娘が可愛いんだと分かる。


 さりげなく、話を遮らない様に東ヶ崎さんがお刺身なんかを出してくれた。小鉢と揚げレンコンといかめんたいだけじゃ、心許なかった。


 これでつまみに困ることはない。ゆっくり飲みながら本隊を待つとしよう。



「でもね、なんでも与えすぎてもダメだったみたいでさ、段々物事に興味を持たなくなっていったっていうかさぁ」



 そう言えば、さやかさんもそんなことを言っていた気がする。



「愛情は、めちゃくちゃあるんだよ? でも、なんでも与えるのが最高の環境って訳じゃないんだよねぇ」


「……」



 全てが揃っているから幸せとは限らない。そう言えば、世界の幸福度ランキングって見たことがあった。お金持ちの国だからと言って幸せとは限らない。貧しいからと言って不幸とは限らない。人間って難しい。



「森羅ってさ、かなりホワイト企業になったけど、年間休日は法律の最低限105日だし、週休二日じゃないし、仕事柄早朝からの勤務の人もいるじゃない?」


「はい」


「あの子は理解したんだよ、100点の環境が最高じゃないことをさ」


「僕も色んな人を見る仕事してるからさ、やらされ仕事の人は能力の6割出したら御の字だよ」


「はあ」



 なんとなく分かる気がする。



「でもね、人は自らやりたいことを見つけて、動き始めたらとめても動くし、寝る間も惜しんで120%の能力で動くんだ」


「何となく分かります」


「さやかは完ぺきだったと思ってたけどさ、最近のあの子を見てると、狭間くんと一緒の時が『完璧のその上』なんだと感じるんだよねぇ」


「……」


「なんかさぁ、父親の限界に対する失望と、良い相手に出会ってくれたことへの感謝てかさぁ」


「……なんか、ありがとうございます」



 なんとなく、褒めてくれているのは伝わる。



「お待たせしました。お料理お持ちしますね」



 このタイミングで、お造り、煮つけ、あら炊きなんかが次々運ばれてきた。東ヶ崎さんだけじゃなく、さやかさんも一緒に運んできてくれている。俺はここまで座っているだけでいいのかな。



「よーし! きたきた! 今日は潰れるまで飲ませちゃうからねぇ!」



 ここは応えるのが未来の息子としての仕事だろう。



「望むところです。俺、酒強いですよ?」


「コンサルは酒に強いからね?」



 本当だろうか!? コンサル関係あるんだろうか!?



「パパ、昼間っから酔いつぶれるんでしょ? 介抱するの大変なんだからね!」


「何言ってんの、介抱されるために飲んでるんだよ♪」



 そこは、いかがなもんだろう。



「さやかも、こっちに来て一緒に食べたらどうだい?」


「あっちで、東ヶ崎さんと食べまーす♪」


「どう思う!? 狭間くん! あれどう思う!? 僕はね、会社を儲かるようにすることはできても、娘との良好な関係はどうにもできないんだよ!」


「……とりあえず、作ってもらった最高の料理と最高の酒でもう一度乾杯しますか!」



「朝市」についてまだ何かできるんじゃないかって ずっと考えてたのに、話しているだけで、いくつかの弱点の炙り出しと、事前対策が終わっちゃったもんなぁ。更に集客にも力を貸してもらえる事になったし、問題解決してるわ。


 さすが、優秀なコンサル。

 さすが、さやかパパ。


 全ての不安がなくなった訳じゃない。この先、うまくいかないこともあるだろう。失敗することもあるだろう。



「狭間さんは、あんまり飲み過ぎたらダメですよ?」


「あ、はい」



 さやかさんが横に来て、ちょこんと座って俺に言った。



「それ! それをパパにも言ってよ!」


「つーん」



 さやかさんは、顔を90度 背けて言った。ちょっと可愛すぎるんだけど……


 だけど、俺と さやかさんと、俺たちを助けてくれる人達がいる以上、何とかなるだろうって思えちゃうんだよなぁ。俺はいま最高の人たちに囲まれていることに気がついたのだった。




第一章:END

ご好評につき、第二章がスタートします。

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