(3)
その日は、どうやって家まで帰ったか覚えていない。
ただ、テーブルに置かれた大量のレトルトのお粥と、"ちゃんと食べること"と書き綴られた神堂の置き手紙を見るに、彼が家まで送り届けてくれたのだろう。
それから、何日も部屋に引き篭もり、声が出なくなるまで泣いた。自分のことが、誰よりも許せなかった。
伊原は最後まで虐待や父親のことを悟られないよう、隠し通した。私に心配を掛けたくなかったのだろう。それは、彼の優しさだ。頭ではちゃんと理解できる。だけど、いつまで経っても、心が追い付かなかった。
もう会えないと分かっていたなら、せめてあの時、ちゃんと目を見てさよならを言いたかった。
もう二度と、顔を見ることも、声を聞くことも、触れることもできない。それは、広大な宇宙にたったひとり取り残されたような、深い深い絶望だった。胸にポッカリと大きな穴が空き、冷たい風が容赦無くびゅうびゅうと吹き込んだ。この穴を何かで埋めることなんて、一生できない。
ある日、夢を見た。
教室の窓際の一番後ろの席に、伊原が座っていて、外を眺めている。
「私ってそんなに頼りなかった?」
彼に問い掛けた。
「いや、笹川は何も悪くないよ」
彼はそう言って、小さく微笑んだ。
駆け寄って抱き締めようとした時、夢から覚めた。生温い涙が両頬を伝った。それを手の甲でぎこちなく拭ってくれる人は、もういない。
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