(12)


 帰りのHRの時間になった。いよいよ来週から夏休みが始まる。羽目を外すことなく、しっかりと勉学に励むこと。要約すれば一言で済むんじゃないかと思える長ったらしい担任の話が終わり、みんなが騒々しく教室から出て行った。

 

 多香子は姿を消し、若葉は予備校、遥は部活に向かった。いつも通り一人で帰ろうと、私はのそのそと立ち上がった。ふと後ろを見やると、机に突っ伏したまま眠る伊原の姿が目に入った。



「伊原……もうみんな帰っちゃったよ」


 教室に誰もいないことを確認し、彼の華奢な肩を軽く揺さぶった。しかし、全く起きる気配がない。



 初夏の陽射しに照らされた白い頬が眩しい。柔らかい黒髪が目を覆っている。目つきが悪いのを気にして、伸ばしているのだろうか。


 古いクーラーがごうんごうんと音を立て、静かな教室にやたらと響いている。やがて、運動部の掛け声や、吹奏楽部の奏でる音色が聞こえてきた。



 私は無意識に、伊原の髪を撫でていた。ふわふわと指に溶けるような感覚が気持ち良い。無防備に眠る伊原が、なんだか愛おしく思えた。



「何してんの?」


 背後から急に声を掛けられ、心臓が縮み上がった。

恐る恐る振り返ると、教室の入口に神堂が立っていた。


「良かった……」


 私は安堵の溜息を吐いた。多香子たちじゃなくて良かった。特に遥なんかに見つかったら、大声で騒ぎ立てられていただろう。


「何がいいのさ。寝てる人に手を出すのは良くないと思いまーす」


 からかう神堂に内心ムカっとしたが、事実なので言い返せなかった。



「神堂くん、どうしたの?」

「別に。来週から夏休みだし、蛍くんに遊びのお誘いに来ただけ」


 そうか。毎日学校で会えるのが当たり前になっていたけど、夏休みが終わるまでの1ヶ月以上、伊原に会えないんだ。


 そう考えると、心寂しい気持ちになった。多香子が言っていた、家へお邪魔するというミッションが頭を過ったが、今は考えるのをよそうと思い、振り払った。



「私も伊原と遊びたい……」

「はあ? 生意気〜僕が先に誘いに来たんですけど」


 神堂は子供みたいな、拗ねた言い方をした。彼と接する度、ミステリアスなイメージからかけ離れていく。



「なんか失礼なこと考えてない?」

「め、滅相もない……」


 そのくせ伊原とは違い、勘は鋭いのが恐ろしい。

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