(6)


「大丈夫? 顔色悪いけど」


 伊原の声で我に返り、慌てて平気だと取り繕った。伊原曰く、相模は一つ上の学年らしい。名札の色で分かったそうだ。


「一個上ってだけでも緊張するのに、あんなガタイ良い男だと余計だよな」


 伊原は独り言のように呟いた。恐らく、萎縮して何も答えられなかった私を励まそうとしているのだろう。その不器用でさりげない優しさに、涙が溢れそうになった。



「伊原、助けてくれてありがとう」

「別にいいよ、あれくらい」


 伊原はそう言い残し、廊下の掃除に戻ろうとしたが、私はほぼ無意識に彼を呼び止めた。


「きょ、今日の放課後空いてる?」


 伊原との罰ゲームは多香子たちの監視がある学校内だけの話で、放課後は除外されていた。けれど、私はゲーム関係なしに、助けてもらったお礼がしたかった。



「ごめん。これから新しいバイトの面接なんだ」

「あれ、コンビニのバイトしてなかった?」

「クビになった。目つきが悪すぎるってクレーム入って」


 わざと自分の目を指で吊り上げる伊原に、私は思わず吹き出した。普段はそこまで悪くないよ、とフォローを入れると、伊原は「ありがと」と言い、手を振りながら廊下へと去って行った。


 私を笑わせようとしてくれたのだろうか。今度は、伊原が空いている日に誘ってみよう。そう考えながら、顔が綻んでいるのがわかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る