愛の箱庭

青のキカ

プロローグ

(1)


 彼が仕事から帰ってくるまでの間、料理を作って待つのが好きだ。


 フードプロセッサーに薄力粉、砂糖、塩を入れ、混ぜ合わせる。バター、卵を加えて攪拌かくはんし、牛乳を入れ、更に攪拌する。色んな材料を強制的にないまぜにして、最終的に一つの大きな塊にするのはなんとも言えない快感がある。



ーー人間も、同じことができたらいいのに。


 激しくかき混ぜられ、原型を留めていない材料を見て思う。それぞれが自分の思想や哲学や矜持きょうじを持って生きているから、厄介なことになるのだ。大きな箱の中にぶち込んで一つの塊にしてから、人の形に分割してやればいい。一人ひとりが個性なんて持っていない、肉のかたまり。そうしたら、きっとみんな楽になれる。


 馬鹿げたことを考えながら、出来上がった生地をラップに包んだ。夕飯は彼の好きなキッシュにするつもりだ。冷蔵庫で生地を休ませる間、ダイニングチェアに腰掛け、テレビを点けた。



「平成ヒットソング特集! あなたの思い出の1ページに残る名曲をお届けします!」



 最近よく見る愛嬌のある女子アナのセリフと共に、懐かしい曲が流れ出した。暫くぼーっと画面を見ていると、彼が好きなアーティストの特集が始まった。


 私は目を瞑り、テーブルに顔を伏せた。この曲が流行ったのは10年も前のことなのに、私にはなぜか、当時のことが鮮明に思い出された。



 学校という箱庭の中で、生きていた。あの頃、私は17歳だった。

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